weekly business SAPIO 99/9/16号
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クライン孝子 TAKAKO KLEIN
《54年ぶりの「自由訪問」実施で北方四島の「日本化」は成功するか》
北方四島への「自由訪問」が54年ぶりで実施されたという。朝日新聞インターネットによると、島を訪れた元島民の話として、「当時の面影はほとんどなく、一面草原で道に迷う人もいた」ことを伝えている。第二次世界大戦の爪あとは、半世紀経た今も残されているということだろう。
こうした悲劇はドイツも同様である。むしろドイツの方が悲惨だったともいえるのではないか。なぜなら敗戦後、領土の3分の1を割譲(主に旧ソ連とポーランド)されたばかりか、チェコやハンガリーなど東欧諸国に住み着いたドイツ人たちも、家を追われ、着の身着のまま現ドイツへ逃げてきたからである。その数は判明しているだけでも1200万人(うち死者及び行方不明者300万人)に上るといわれている。
彼らも北方領土の元島民戸同じ運命に遭い、戦後「鉄のカーテン」によって故国への道を閉ざされたため、ドイツ引き上げ後一度も故郷を訪れることがなかった。その彼らの自由訪問が可能になったのは1989年11月9日、「ベルリンの壁」撤廃後である。
敗戦からこのかた約半世紀を経て、故郷を訪れたドイツ人の大半は、すっかり荒廃した故郷を目にして、落胆し胸を痛めたものだ。中には「2度と故郷に足を運ばない」と決意したドイツ人も少なくなかった。
あれから10年が経った。旧ドイツ領は、「ドイツ統一」条約の一項に「旧領土返還交渉断念」が明記されたため、故国帰還の希望は消えてしまった。
その代わりに、当時の戦争を知らないドイツの若い世代が旧ソ連やポーランドをはじめ東欧諸国に進出し復興に手を貸し、着実に地歩を固めている。
恐らく一昔前なら、他国への進出手段といえば武力以外の方法は思いつかなかったろう。
そういう手段に訴えることなく平和的手段によってドイツ人は再び、東欧諸国への進出を試み始めた。
というわけで、今回は北方領土と重ね合わせ、一体ドイツはどのような心構えによって旧ドイツ領土における地盤固めに着手しているか、参考のためにその主なもの3点を指摘しておこうと思う。
1. 「自由訪問」のような形でできるだけ頻繁に人的交流を図り、国境を越えた信頼関係を築きあげる。
2. 国家的エゴ=偏ったナショナリズムを排除し、あくまでも人道という立場から、グローバルな視点に立って、支援する。
3. 相手の国の文化や習慣を尊重し、かつ自国の文化や習慣にも誇りを持つ。(この中には、9月初めに日本でもようやく制定された法案にもとずく国歌・国旗が含まれる。そしてこれら国歌・国旗は、国民に強要するものでなく、あくまでも海外における日本のアイデンテイテイー=シンボルとして存在する)
しかも上述の3点についてはドイツにおける第二次世界大戦後約半世紀にわたる国家事業であり、その原点にはバランスの取れた“人間教育”という課題があったことだ。その結果、ドイツは21世紀を目前にした今日、その目標を達成することができた。その目標達成に最も貢献したのはアデナウアー宰相である。
なぜなら50年代、「経済の神さま」といわれたエアハルト経済相のもと見事に「奇跡の経済復興」を成し遂げた西ドイツは、アデナウアーのもと、1951年西ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ6カ国による
欧州石炭鉄鋼共同体を提唱してみせ、1957年には先の加盟国がローマに集結,欧州経済共同体の設立に着手したからだ。
やがて、この欧州の経済に始まった一体化構想は政治をはじめあらゆる分野にまで拡大され今日15カ国をも要する規模に至っている。しかも21世紀の幕開けを前に欧州史上初の大胆な試みで欧州通貨統合をも仕上げてみせることになった。
そのユーロといえば、先週1999年9月9日、フランクフルトで欧州中央銀行による定例記者会見が行なわれた。その席上ドイゼンベルグ欧州中央銀行総裁は、景気動向について、「ドイツ景気がふるわずユーロランドの足を引っ張っている。
だがこれも来年になれば少しは上向くのではないか」と語った。
今年早々多大な期待を掛けられ颯爽とスタートしたEUによる通貨同盟だが、これまでのところ、ユーロの対ドル交換比率は約10%も下がってしまった。その主な原因はユーロの牽引車であるべきドイツ景気の低迷によるものといわれている。つい最近発表されたドイツ景気判断でも、ドイツの国内総生産は今年前半期0.8%(前年前半期2.4%、後半期1.9%)に落ち込んでしまい、雇用市場も相変わらず失業者400万人、失業率10%以上で改善の動きが見られない。とくに昨年社民党・緑の党連立政権成立後、その政治不安定を見越して企業の空洞化がいっそう進んだ上、海外からの投資にもブレーキが掛かってしまった。
シュレーダー政権は、昨年9月の総選挙で景気回復と失業率半減を公約に掲げ大勝したものの、約束不履行が祟ったのと、彼らが掲げる非現実的ともいわれる経済政策に不安が募り、勢いシュレーダー政権に不満が集中している。先週に続き今週末に行なわれた州選挙や地方選挙でも、社民党はまるでドミノ現象のように負け戦に終始してしまった。
そう言う意味では、確かにドイツ景気の不透明感もあって、現在、「ユーロ」が弱いのは事実である。 だからといって「ユーロ」は後戻りしない。それどころか長期的に見て、「ユーロ」はドルにとって脅威となるにちがいない。
なぜならドイツの戦後政策=欧州一体化は実にうまく時代を先取りし、そして成功させて見せたからだ。
というわけで、最後に、もしこのことに気がついて日本政府が、今回の北方領土「自由訪問」に踏み切ったというのであれば、時間はかかるかもしれないが必ず北方領土の広い意味での日本化=アジア化は成功するだろうと私は読んでいる。
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発行 小学館
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