weekly business SAPIO 99/4/8号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆日本の新聞のユーゴ報道とはうらはらに欧州の結束は強まり米国の戦意は高揚している◆


 ここしばらくは,目が離せないユーゴ情勢についてレポートして行こうと思う。
ユーゴ空爆は3月24日に開始された。この原稿を書いているのは4月6日の明け方で、早くも2週間が経ったことになる。

この間北大西洋条約機構による対ユーゴ空爆は日を追うごとに激しくなっている。ここ2,3日はとくに旧ユーゴの心臓ともいうべき主都ベオグラードがその攻撃目標とされ、国民の命綱である給水網などインフラをはじめ、軍の中枢である空軍や防空部隊本部、兵舎などの主要部分が片っ端から狙われ、空爆の集中標的にされている。そのため、イタリアからの戦闘機飛行だけでは不充分であるとして、ドイツからの戦闘機飛行が拡大されたし、地上戦に備えてアメリカ軍による対戦車ヘリコプター「アパッチ」24機のアルバニア配備が本決まりとなった。

こうした欧州での慌しいNATOの動きについて日本の新聞に目を通すと,相変わらずユーゴに同情を寄せ、まるで空爆を続けるNATOにその全責任があるかのような報道記事が目立つ。こういう報道記事に接すると、明らかにこの記事の入手先がどこであるか――恐らくベオグラードのミロセヴィッチ一派から直接入手したか、彼らの手先の情報操作によって作られて西側に意図的に流された情報であることがすぐに分かる。

欧州(とくに冷戦中,東西に分断され最前線に位置したドイツ)のジャーナリストたちは、常にスパイ工作の的にされた上に撹乱され続けるという苦い経験の一つや二つは必ずあるだけに、そうやすやすとその手には乗らない。つい最近、ベオグラードから送られてきたNATOによるユーゴ空爆被害者の映像は、捏造映像であることが判明したが、平和ボケした日本人記者にはそんな経験がないだけにその区別すらつかないのだ。

ところで、その日本といえば、まだしも救われるのは、今回のこのユーゴ空爆に関する日本政府の見解がはっきりしていることだ。ユーゴ空爆開始の翌早朝、いち早く日本政府は「欧米諸国の粘り強い外交努力にも関わらず今回のような状況に至ったのは極めて残念で、人道上の惨劇を防止するため止むを得ず取られた措置だと理解する」と公式発表し、直ちにNATO支持に回ったからである。

しかもさっそく日本政府はコソボ難民対策として1500万ドルの支援金と1000枚のテント(輸送費を含め1億3000万円相当)の支援を決めた。続いて、NGOも活発に活動を開始している。例えばすでに25年以上NGO「海外邦人宣教者活動援助後援会」として活躍しておられる曽野綾子氏からは、「4月2日、1000万円を国連高等難民弁務官事務所に緊急送金」という嬉しいニュースが私宛に届いた。さらに医療団やボランティア・グループの現地派遣も始まっているという。

このところ、日本近海では北朝鮮問題がきなくさくなっている。それだけに日本にとってユーゴ紛争は他人事ではない。北朝鮮でもいつ問題が発生するか分からない状況にあるからだ。その時のためにも、こうした形でのNATOへの積極的な支援は非常に重要と思われる。きっといつか日本が窮地に陥ったとき、(その恩返しとして)手を貸してくれるのは彼らだからだ。 願わくば,大国の務めとして、期限付きを絶対条件にして、わずかでもアルバア難民を引き受ければ,なお日本の印象はよくなることだろう。ちなみにドイツはとりあえず1万人の難民を引き受けることにした。

前書きが長くなってしまった。ここから本題に入る。
先の4月1日号では、NATOのコソボ空爆は練りに練った周到な計画だったこととその理由を記述した。
今回はユーゴ空爆開始以後、今日までの2週間にわたるNATOの行動について、
NATO側では1.結果は“勝利”しかないと固く決めていること、2.そしてその戦略は筋書き通りに進んでいると読んでいる。それぞれの理由について、順序立てて記述しておこうと思う。

まず前者だが、NATOは国連に代わって21世紀の覇者としてその主導権を掌握する野望を秘めており、今回はその前哨戦であること。そのため、とくに20世紀後半,欧州を恐怖に陥れた共産主義の根を絶つために、ミロセヴィッチには一歩たりとも譲歩しないことを鉄則としている。
今回NATOのクラーク司令官(アメリカ人で、東欧安全保障に通じロシア語を話す)が、その片腕として東西安全保障の第一人者として定評のあるドイツ人ナウマン元帥を副司令官に任命し,用意周到な作戦を練り実施に移していることが何よりもの証拠と思われる。

後者については、今回の徹底空爆、さらには地上部隊派遣に当って、NATOは空爆の最中にも、ミロセヴィッチ支持派のセルビア国民とミロセヴィッチ大統領自身に再考の猶予を与え,その既成事実作りを行なっている。

一つは、チェコ出身の米国・オルブライト外相を通し、彼女は幼少のころ習得したセルビア語で、セルビア国民に向かって、「NATOはあなたがたに銃を向けているのではない。1989年“ベルリンの壁”撤廃以後10年、あなたがたを国際社会から隔絶したうえに旧ユーゴ国民を弾圧し、したがわない者を虐殺や国外追放という手段で処理してきた独裁者ミロセヴィッチとその一派を追討するためにある」
とアッピールしている。
もうひとつは、NATO側は最終的な説得の場として空爆を一時中止して、先月30日にロシアのプリマコフ首相とミロセヴィッチ大統領による6時間にわたる対談の機会を作った。

にもかかわらず,両者はその勧告に耳を傾けず一蹴してしまった。このため両者(とくにミロセヴィッチ)は取り返しのつかない致命的な誤りを犯してしまったものだ。

その誤りとは、
1.ミロセヴィッチは、西側はキリスト教の重要な祭日イースターを目前にして空爆を一時中止すると踏んでいた。その間に西における反NATOグループを煽動し一挙ニに空爆中止へと世論を盛り上げ流れを変えようと目論んだ。だが、西側はそのミロセヴィッチの魂胆を見破ることで、イースターの間、より熾烈な空爆を展開して見せた。

2. ミロセヴィッチは大量の難民を西側に送りこむことで、西側を窮地に陥れようとした。しかしこの企みはかえって西側の結束を促し,人道支援という名目でのアルバニアへのNATO兵力増強に手を貸すことになってしまった。

3. そのうえ米国製ステルス戦闘機の撃墜と3人の米兵捕虜は、セルビア国民とその軍隊の戦意高揚を促すはずだったが、むしろアメリカ民衆を激昂させ、その戦意高揚を駆り立てる結果となりそれまで地上部隊派兵には消極的だったアメリカの世論作りにその口実を与えてしまった。

というわけで今やNATO側は、デモクラシーを旗印に21世紀の幕を開けようとするEUにとって「民族浄化を唱え他民族の抹殺に狂奔する独裁者はその残虐な行為ゆえに制裁されなければならない」とし、ミロセヴィッチに勝ち目はないと見ている。

日経新聞の論説副主幹・岡部直明氏が4月4日付紙上で論じている「欧州統合という欧州のグローバル化は、ネーションステート(国民国家)の壁を決定的に低くするが、代わりに地域主義や民族意識を目覚めさせる……(中略)……偏狭な民族主義がふくらむ前に、それを大きく包み込む統合の理念を構築することこそ求められる」はニュアンスが違う。なぜなら、NATO側の論理はあくまでも「ミロセヴィッチはヒトラーやスターリンと同様に偏執的な独裁者で、話して分かる男ではない。武力に訴えるしかなかった」というものなのである。

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