weekly business SAPIO 99/4/8号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆NATOのコソボ空爆は練りに練った周到な計画だ◆


このところドイツを中心に欧州を台風の目とした事件が相次いで起こっている。
一つはラフオーンテイーヌ辞任事件,二つ目はEU委員総辞職事件、 三つ目はNATO軍によるユーゴ空爆である。

 一方、極東では、日本海で国籍不明の不審船二隻が徘徊し、日本側が追跡したところ、北朝鮮のテリトリーへ消えてしまったという。この辺が妙にリンクしているところが国際政治の面白いところであり見せ所でもある。

 それはさておき、1989年の「ベルリンの壁」撤廃をきっかけにまるでドミノ現象のように全体主義=共産主義国が崩壊し始めたのは,歴史が証明しているとおり。なかでも、その最後の砦として残り、今も共産イデオロギーの名を借りて、独裁政治を行っているのが、欧州ではセルビアのミロセヴイッチ、アジアでは北朝鮮の金正日、南米ではキューバのカストロである。

 うち、唯一戦争という手段をとり、すでに10年にわたって,民族浄化の名のもとに、欧州大陸を引っ掻き回し、現在までにその犠牲となって殺害・行方不明約30万人、国外追放約200万人を出しているのがセルビア共和国のミロセヴイッチ大統領であることは周知の通りである。

 ところで、今回の事件だが、そもそものいきさつは、「最後の砦としてコソボ自治州のアルバニア系住民(コソボ住民の80%を占めている)が独立を目指していることから、アルバニア系住民がセルビア人系軍隊や警察官によって弾圧されてきた。その弾圧を中止させるために北大西洋条約機構=NATOが仲介に入ったものの、ミロセヴィッチがNATO提案をすべて拒絶したことから、結局NATO軍としては、空爆という武力手段に訴えるしかなかった」ということに尽きる。

 もっとも、これについて、さっそく日本経済新聞は3月27日朝刊で、「展望見えぬユーゴ空爆」と題し、「北大西洋条約機構(NATO)は事態収拾の明確な展望をつかめぬまま、ユーゴスラビア空爆に踏み切った。民族紛争を強引に止めようとするこの軍事介入が,主要国間の対立を増し,従来の世界の秩序を揺さぶりつつある」と、まるでこの空爆行為が、米欧の思い付きによる一方的な強行手段と取られかねないような記事を掲載している。だがこれは、とんだ見当ちがいということがわかる。

 なぜなら,これは先述した経過に照らし合わせてみれば歴然としていることだが、今回のユーゴ空爆におけるNATOの行動は、時間を掛け実に慎重に緻密に計算された上での行動だったからである。しかもこの武力行使だが、欧州の一部ではむしろ時期的には遅すぎたという意見もでているくらいで、この事件をすでに10年以上追跡してきた私見としては、「コソボ問題にはこれくらいの時間を掛ける必要があったのであり,時期的に見てちょうど今が適切」と見ている。
 では,なぜ、そうなのか。手短にまとめてみるとこうだ。

1)ロシアの凋落:歴史的にも宗教的にも民族的にもロシアとセルビアは実に近い関係にあるロシアがセルビアに手を差し伸べ,軍を派遣したり武器の提供を申し込みたいところだが、昨年夏のルーブル切り下げをはじめとして、ロシア経済は逼迫 している。そのためEUがロシア年金者の飢餓救済に食肉など食料援助を行ったり、債務の70%が米国に依存しているなど、下手に手だししてセルビアに手を貸そうものなら直ちに西側から,差止めを食うという手も足もでない状況におかれている。
しかも頼りになるはずのロシア軍隊は生活苦から、将官自ら西側に率先して機密情報を提供し報酬を得るなど、士気が落ちている。つい最近もロシア海軍の一部が軍人とともにロシア正教に買収された事が伝えられている。
 というわけで、逆にロシアがのどから手がでるほど欲しい国際通貨基金 (IMF)が西側の巧妙なロシア外交の切り札として使われ、結局プリマコフ首相は西側の使い走りとして、仲介役を務めることになり、30日、ベオグラードヘ発つことになり、帰途、ボンに立ち寄り、シュレーダー首相にその結果を報告することになっている。

2)ユーゴ崩壊:1989年「ベルリンの壁」撤廃をきっかけとして、それまで配下にあったスロバニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア・ヘルツゴビナなどユーゴ連邦の牙城が切り崩され、それを阻止する独裁者ミロセヴイッチは外部の支援を断たれたばかりか、軍拡に狂奔したことからユーゴ経済は破産寸前に追い詰められ政治的・経済的に孤立無援の状態にある。そのミロセヴイッチだが、いままたその必死の切りぬけ策として、内に対しては厳しい報道管制を布き、国民=セルビア人を欺いて、外(とくにNATO)に対してはデマゴギーとプロパガンダでかく乱し続けている。だが、西側ではその政治生命はそう長くないと見ている。

3〉国連衰退と北大西洋条約機構の台頭:NATOはかつてワルシャワ条約機構の傘下にあったハンガリー、チェコ、ポーランドの加盟を認めたばかりで、その勢い は国連をしのぎつつある。いいかえれば、ボスニア・ヘルツゴビナにおける国連活動の無能をまざまざと見せ付けられたアメリカの国連ばなれが、逆にNATOへの傾斜を強めている。今回のユーゴ空爆もそうだが、すでにユーゴの隣国マケドニアには、NATO地上軍1万人(うち3000人はドイツ連邦軍)が張り詰めており、さらに2000人を追加することで、国連抜きのNATO軍活動は一段と活発化している。

4)EUの結束:NATOの空爆を逆手にとって、ミロセヴイッチはコソボからアルバニア系住民を男性は拉致・殺害し、老人や婦女子は大量の難民(1時間に4000人)を送りこんでいる。EU諸国中、その被害をもろに受けるのはイタリアやギリシアである。そのため両国は単独でミロセヴイッチと交渉しようとの動きさえある。
 この動きをいち早く察知したEU主要国英仏独3国は、24,25の両日(NATO軍によるユーゴ空爆のさなか)ベルリンで開催されたEU首脳会談で、今回のEU委員総辞職事件の後始末として、急遽EU委員長にイタリアのプロデイ元首相を選出した。こうすることで、イタリアの抜け駆けを防止し、改めてEUの結束を促すことにしたのである。

 これで、読者にはお分かりいただけるのではないか。西側が行動を起こすときはどれだけ貴重な時間を掛け、用意周到な下準備を行うか。少なくとも日本では大新聞といわれる「日本経済新聞」である。記事を書くなら、この辺まで情勢を読みこんでから書いてほしいものである。


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