weekly business SAPIO 99/3/25号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆EU15か国を舞台に大胆な汚職をした大物女性政治家◆


 海の彼方日本では東京都知事選をまじかに乱戦模様。その上、つい最近また新しく二人の候補者が名乗りを挙げたと聞く。
 さっそくインターネットで二人のプロフィールを覗いてみたら、外国生活が長く、外国事情に詳しいという。

 ここ数年、急速に政治や経済のグローバル化が急速に進んでいるなか、外国経験の豊富な人物が知事候補に名乗りを挙げたことに、ひとまず歓迎の意を表したい。
ただ残念なことに、これだけさまざまな顔ぶれが揃ったというのに、女性の候補者が一人も名乗り出ていないことだ。

 欧米社会では, 政治舞台での女性の華々しい活躍が目立つ昨今、日本ではいまだに政治は男性が行なうものと見なされているのか、女性の陰が薄い。
こうした日本事情を先進諸国が奇妙な光景として受け取っていることを、日本の政治家は知らないはずはないと思うのだが。

 それはさておき、その一方で、ヨーロッパでは面白い現象が起こっている。清潔で鳴らしているはずの女性政治家たちが、男性政治家顔負けの汚職をやってのけ、平然としているのだ。

 今回EU委員を総辞職に追いやった汚職事件の張本人が、故ミッテラン大統領の下で首相を務め、その後欧州委員会に名を連ねることになった女性委員エディス・クレッソンなのだ。

 その欧州連合(=EU)における欧州委員会の主な役割は、EU諸機関が採択した諸々の措置に関しその実施を監督することである。その監督に携わる委員会のメンバーであるクレッソン女史自ら、汚職に手をつけていたという疑惑が発生したのである。

 一時はサンティール委員長以下が必死でもみ消そうとし、クレッソン委員などは、この疑惑をかわすためにわざわざ「ル・モンド」紙を通し「自分が社会主義者であり、委員会内で左の発言をすることから、怨まれる結果となりスケープゴートにされた」といかにも自分こそ被害者だといわんばかりの主張を行なった。

 ところが、昨年11月の半ばに改めて欧州会計検査院が提出した会計報告(というより、欧州委員会のメンバーの一人で、東欧・旧ソ連関係・共通外交安全保障担当の保守系委員ハンス・ファンデンブルックが突きつけたレポート)が,動かすことのできない証拠となったために、その監督責任を問われて全員辞任に追いやられてしまったのである。

 では、科学・研究・開発・教育問題担当クレッソン女史の責任が問われることになったその会計報告の内容とは一体どのようなものであったのか。

 レポートは89ページに及び、主として85年に発生したチェルノブイリ原発事故を含む、東欧・旧ソ連核エネルギー災害防止支援のための1990年から1997年までの報告書で、この間にEUが承認した約15億マルクに及ぶ支援金の使途が詳細に記述されている。

 その結果、支援金とは名のみで、クレッソンEU委員とその取り巻き連中の裁断により、その80%が食いつぶされていたということがわかった。

 一例を挙げてみよう。
1)西側大手の業者に請け負わせた、東欧・旧ソ連の老朽化した原子炉の廃棄費用の請求書の大半が水増しされていた。

2)クレッソン女史の息がかかった関連会社やコンサルタント事務所を優遇したあげく、架空の請求書を作成したり、ときには請求書無しで,支援金を横流ししていた。

3)ロシア・ペータースブルグ原子力発電所の技師に支払われることになっていた1か月の報酬3万6000マルクが、実はその一部ないし15分の1しか支払われず、その支援金の行方は不明になっている。

4)ロシアの核事情を調査費用として8千万マルクの予算が組まれたものの、その報告書によると1997年に一度だけ提出されたに過ぎず、しかも、調査団には身内の参加が許され、費用もこの予算から支払われた。

など、枚挙にいとまがない。もっとも、当事者にいわせるとこの事件など氷山の一角ともいう。

 では、なぜ、これまでこうした汚職が見逃されてきたか。
その理由だが、何しろEUといえば、15か国におよぶ大所帯だけに、国民一人ひとりの監視の目が行き届かない。国民もEU相手では、自分の生活と直結していないこともあって、つい監視を怠ってしまう。それにつけこんで、ユーロテクノラートが、国民の税金を湯水のように使っていたというわけである。

 ことここにきて、内部告発という形で本格的な調査に入り、汚職が摘発されることになったことの顛末。そもそも、最初にその揺さぶりを掛けたのはドイツで、その理由にドイツは、自国のEU拠出金負担を挙げている。ドイツのEUにおける拠出金は全体の3分の1を占め、しかもこのままでは膨れ上がる一方なのだ。これに悲鳴をあげたドイツは、ここ2、3年の間に再三にわたってEUに対し、拠出金負担の削減を訴えていたからである。

 とりわけ,ドイツ社民党の要求は性急で、今回与党となり政権に就くことになって、その主張はいっそう明確になり、シュレーダーがその先頭を切っている(ことはいうまでもない)。

 これは、欧州委員会が20人で構成されている中で、フランス代表のクレッソン女史だけがとくにその槍玉に上がって挙がってしまった原因とも関連するのだが、クレッソン女史の目に余る大胆な汚職行為もさながら、その背景にはフランスの政治的意図が窺われる。

 平たくいえば、フランスはドイツの拠出金削減には反対を唱えている。なぜなら、ドイツのEU拠出金削減はEU予算のうち20%を占めている農業補助金カットに即つながるからで、そうなれば、EU諸国中最大の農業国であるフランスの農業を直撃することになるからである。それでなくても、このところ農作物の値崩れで、フランスの農家の不満は日増しに高まっている。

 こうした中で、フランス側としてはどちらかというとフランス寄りだった(ドイツの財布を握り采配を振るう)ラフォンティーヌを何としてでも味方につけ懐柔しようと画策した。だが、この画策も突然のラフォンティーヌ蔵相辞任=失脚で、水泡に帰してしまった。

 ベルリンでは今週24日(水)と25日(木)の両日、欧州特別首脳会議が開催される。議長国であるドイツ(=シュレーダー)としては、ここは一つ、ドイツの主張を貫き通すことで、その力量をフランスといわずEU諸国にデモンストレーションして見せたいところ。それを阻止するフランス!
 一体、このベルリン会議、どう展開するか、見ものである。

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