weekly business SAPIO 99/12/9号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《「ユーロ安」の裏で進行する欧米主軸の世界展望を日本は把握しているのか?》

日本ではようやく経済が上向きはじめたのもつかの間、このところ円高続きで、輸出鈍化が取り沙汰されている。そういえば余談だが、先日念のために日本円10万円をドイツ銀行でマルクに換金したところ何と1800マルクものお金を手にすることができた。1マルク=100円なんて往年の夢と化してしまったわけだ。

 ところでその円高に比べてどうも活気がないのが今年1月1日、欧州で発足した「ユーロ」である。発足からほぼ1年になろうとしているのに、最初1ドル=1.1832ユーロの高値をつけてスタートしたユーロは、その後下落続きで、とうとう先週12月3日には1ドル割れという事態を招いてしまった。

 この「ユーロ」下落だが、当地ではその直接の原因として、日本の機関投資家の間に「ユーロ」売りや買い控えが生じていることを挙げている。「ユーロ」が対円で22%も下落し、そのためかなりの損失を蒙ることになった日本の機間投資家たちに「ユーロ」に対する不信が募っているためだという。
 もっとも、こうした「ユーロ」下落の原因の一つには、ドイツ特有の護送船団式=ドイツ株式会社体質(註:こうした体質は決して日本特有のものではない)も挙げられている。先週サピオ情報で報告した通り、「ユーロ」の主導的立場にあるドイツ政府や財界、労働組合による、英国企業フォンダホーンのマンネスマン敵対的買収や破産寸前の建築会社ホルツマンへの対応に見られるドイツ式産業保護体質が、グローバル化を推し進めるイギリスやアメリカ嫌われ、結果「ユーロ」離れが進み、「ユーロ」下落に繋がってしまったというのである。

 だが一方、12月2日、欧州中央銀行で行なわれた記者会見において、ドイゼンベルグ欧州中央銀行総裁が指摘した通り、その利点面もあるのだ。その利点とは、

1. 円高で輸出が懸念される日本と違い、この「ユーロ」安は欧州とりわけドイツの輸出好調に繋がっている。

 ちなみに1998年における貿易事情だが、輸出ではトップはアメリカ(6824億ドル)、2位ドイツ(5397億ドル)、3位日本(3879億ドル)、4位フランス(3048億ドル)、5位イギリス(2729億ドル)、6位イタリア(2423億ドル)、7位カナダ(2143億ドル)、8位オランダ(198億ドル)、9位中国(1838億ドル)、10位ベルギー/ルクセンブルグ(1785億ドル)、11位香港(1749億ドル)、12位韓国(1323億ドル)。
 輸入ではトップアメリカ(9444億ドル)、2位ドイツ(4666億ドル)、3位イギリス(3152億ドル)、4位フランス(2863億ドル)、5位日本(2805億ドル)、6位イタリア(2156億ドル)、7位カナダ(2062億ドル)、8位香港(1868億ドル)9位オランダ(1842億ドル)、10位ベルギー/ルクセンブルグ(1665億ドル)、11位中国(1402億ドル)、12位スペイン(1328億ドル)。
 貿易出来高の上位12位中を比べてみても、通貨統合加盟国合わせると、アメリカを抜く勢いにある。

2. このところアメリカの株高(12月3日の平均株価は11286.18)に引きずられ、ドイツの株も値上がりし、その平均株価は記録破りといわれた前年6月20日の6189.60に迫る6119.17(12月3日の終値)に達した。

 その他にも、ドイゼンベルグ欧州中央銀行総裁をはじめ通貨統合加盟国がユーロ1ドル割れという事態に直面しても平然としていられる、その強気の理由として、アメリカによるいっそうの欧州接近と、欧州とアメリカを主軸とした21世紀への
展望が挙げられる。

 例えば世界貿易機構(WTO)閣僚会議だが、この会議がアメリカのシアトルで開催されたのは12月1日である。この会議は周知の通り、一部過激な行動が見られ非常事態宣言にまで発展したばかりか、その後加盟国の間でも亀裂が生じて足並みが揃わず、結局交渉決裂という事態で会議は閉幕している。
 こうした事態に対しさっそく日本のマスコミはクリントン大統領の状況判断ミスや求心力の欠如を指摘し非難している。ところが当地では、実はあのようなアメリカの一連の不手際とは、そもそもアメリカがWTOに興味を示さなくなったことから起ったと見ている。
 WTOの前身ガット創立は1948年1月1日である。当時の加盟国は23カ国にすぎなかった。ところが今や加盟国135カ国という大所帯であるばかりか、来年はアメリカにとってもっとも苦手とする中国の加盟がほぼ決定的である。さらにロシアを含む加盟待機組みは31カ国に上っているのだ。このような巨大な組織ではアメリカの発言権は弱まるばかりで、WTOに情熱を傾けるメリットは少ない。
むしろアメリカにとって不利な面さえ指摘されている。それゆえ嫌気がさして、半ば投げ出してしまった気配さえ感じられるという。

 その代わりとして、アメリカは欧州に目をつけ、その欧州とタイアップして独自の足場固めを行なおうとしている。
 コソボ紛争でアメリカが国連抜きによるNATO優先の行動を開始したのと同じ線上にある戦略だ。実はこの12月1日、コーエン国防長官一行が特別機でハンブルグ空港に降り立ち、ドイツ連邦軍幹部会議に出席しているのだ。しかも一行はその翌2日にはブリュッセルに姿を現し、NATO国防相会議に出席。NATOとの連携を元に欧州中心の5万人規模を対象とした「緊急対応部隊」創設の協議に加わっている。

 その一方で、同日パリでシラク大統領、ジョスパン首相とシュレーダー首相による会談が行なわれた。これはロンドンでのシラク大統領とブレア首相との会談を受けてのもので、その結果は10日ヘルシンキ開催の首脳会談で報告される。
 加えてフランクフルトでは、12月9日・10日の2日間にわたり、欧州各国の主なジャーナリスト80人を招いての(私も出席)、欧州の金融界、財界、学界の第一人者による「欧州の動き」と題するゼミナールが開かれる。

 というわけで、どうやらこの一連の「ユーロ」安には、「ユーロ圏11カ国の景気は回復軌道に乗ったものの、通貨当局者の発言が揺れているため、市場が『通貨政策の不透明さ』を突いてユーロ売りに動いている」(日本経済新聞12月1日付
朝刊)という経済的な視点では捉え切れない複雑なものが絡み合っているように思えてならない。

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