weekly business SAPIO 99/12/16号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《総仕上げに入ったEU構想を見て願う「アジアの一体化」へのスタート》

イエス・キリスト生誕から数えて2000年、いよいよその到来もあと2週間とカウント・ダウンの時期に入った。欧州はどこもかしこもすっかりクリスマス気分に浸っている。町々には、所狭しとクリスマス市場の小屋が立ち並び、ヒトまたヒトで賑わっている。今年から新たに「ユーロ」の町としてスタートしたここフランクフルトも例外ではない。そこここで耳にする会話はその響きがまた非常にいいのだ。何しろ「2000年という区切りを迎えるいい年に生きているなんて何と私たちはラッキーなのだろう」というのだから。
 確かに1000年単位の区切りというのは千年に一度しか訪れてこない。となればそう口にする人々の気持ちも何となく分かるというものだ。

 一般市民でさえそうなのだ。とりわけ、第一線で活躍している欧州の政治家は20世紀の最後の緞帳は何とかしてみごとに下ろしてみたい、またその手腕を発揮する絶好のチャンスだと思っている。
 今回のEU議長国フィンランドがそうで、12月10日/11日の両日、フィンランドの首都ヘルシンキ開催のEU首脳会談では、ちょうど毎年12月10日に開かれているスウェーデン・ストックホルムのノーベル賞授賞式に合わせる工夫をし、世界に向けて北欧を含めたEUの存在をアッピールし印象づけることに成功した。

 ところで今回の20世紀最後のEU首脳会議だが、とくに注目に値する事項といえば、これまで先送りにしてきた3つの難題を一挙に取りまとめ丸く収め、第二次世界大戦後着々と進められてきたEU構想の総仕上げにして見せたことだ。しかもこれら3つの難題を解決するに当たってEUは、第二次世界大戦後約半世紀にわたって欧州大陸が受けたソ連=ロシアとアメリカの屈辱のうさを(ロシアに対してはほぼ全面的に、アメリカに対してはそのご機嫌を損ねないよう実に巧妙な外交上の取引交渉によって)晴らしている。
 ではそれらはいったいどのようなものか。具体的に記述するとこうだ。

1. 今回EUは21世紀における新規加盟国として13カ国を選出した。その加盟国中キプロス、マルタ、トルコを除くバルト3国を含めたポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニア、ルーマニア、ブルガリアの10カ国は全て第二次世界大戦後、ヤルタ体制のもと無理矢理ソ連の共産全体主義管轄下に組み入れられてしまった国々である。今回半世紀にわたる欧州一体化構想によって、ようやくこれらの国は欧州復帰を果たすことになった。

2. 元来EUは「キリスト教クラブ」とか「欧州フアミリー」といわれてきた。
今回そのEUにトルコ加盟が認められることになった。
 トルコのEU加盟についてはすでに1963年から検討されてきたものだが、それがこうも長引いた理由は、
 イ) トルコがイスラム教圏に所属し、その宗教観からトルコの民主化が欧州に比較して立ち遅れていると判断してきたこと、
 ロ) キプロス問題を巡って1974年以後ギリシアとトルコの関係が犬猿の仲にあること。
 ハ) その犬猿の仲にあるギリシアが1981年一足先にEU入りを果たし、トルコのEU加盟には強固に反対してきたことにある。

 それなのに、今回、なぜEUはトルコのEU加盟入りにゴーサインを出したか。
オモテ向きEUは、「トルコがEU入りを果たすために自ら欧州化に心血を注ぎ、その効果が徐々に現れているから」としているものの、その背景には以下の理由がある。

 a) 近年イスラム教原理主義によるキリスト教圏の欧米諸国をターゲットとしたテロ行為が多発していることから、EUはイスラム教のトルコをEUに取り込むことによってその懐柔に役立てようとしていること。
 b) トルコは1949年創立のNATOでは原加盟国16カ国に次いで1952年加盟という古株である。しかもトルコは終始アメリカの子飼いとして忠節を尽くしてきた。アメリカはそのトルコのEU加盟希望とあって、率先してEUへの仲介役を買って出たうえ、強力にバックアップしてきた。

 そのEUに対する見返り条件が
3. 欧州独自の安全保障政策「緊急対応部隊」創設、である。
 この「緊急対応部隊」だが、EUにとってはあくまでもアメリカの合意の上で創設される「緊急対応部隊」というタテマエを踏まえているものの、ホンネは、これまでのアメリカを主軸としたNATOとの関係に一歩距離をおき、欧州の主権回復を目指している。
 片やアメリカもその辺のEUの真意はすでに嗅ぎ取っている。つまりアメリカは、当然将来予測されるEUのアメリカ離れ防止のために子飼いのトルコをEU入りさせ、その監視役として利用しようというのだ。

 こうなると21世紀、EU一体化でもっともわりを食うのはロシアということになる。ヤルタ体制の崩壊でバルト3国をはじめ東欧諸国を失っただけではない。トルコのEU加盟はもとより、チェチェン総攻撃でイスラム教国を敵に回してしまった。これによって今後ロシアがイスラム教原理主義過激派の攻撃目標になるのは火を見るよりも明らかである。しかもそのとばっちりを受けるのはイスラム教信者を多く抱えている中国なのである。エリツイン大統領が病いを押して中国訪問を実施、中国の理解を求めたのはそうした事情によるもので、今後そのような緊急事態が発生した場合、両国は出来るだけ協力しようというのだ。

 さてその中国では、ポルトガルからのマカオ返還が12月20日に迫っている。
この返還が済み一段落すれば、次は台湾にその目が向けられるというのが、欧州の
観測だ。
 こうした中でもっとも注目されるのは日本の出方である。聞くところによると、11月27日/28日にマニラで開催された東南アジア諸国連合非公式首脳会談では、日中韓3国による初の合同会談が行われ、小渕首相と金大統領、朱首相がマニラ市内のレストランで朝食をともにしながら約1時間、経済問題にのみ限って意見交換したという。
 私はこれこそアジア一体化の“はしり”ではないかと思っている。またそうあってほしい。なぜなら今日のEUもまた、最初はまず何気ない経済に関する対話から始ったといわれているからだ。

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発行 小学館
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