weekly business SAPIO 99/10/21号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《フランクフルト国際書籍見本市で痛感「日本の文化政策はこれでいいのか」 》


 今年もフランクフルトでは自他ともに世界一(最高のレベルと最大規模)とランクずけられている「国際書籍見本市」が10月13日から18日までの6日間にわたって開催された。そもそもこの書籍見本市のルーツは古く、15世紀半ばにまでさかのぼる。このころ、マインツという町(フランクフルトからは距離にして約50キロほど南寄り)で印刷王といわれたヨハネス・グーテンベルグが活版印刷術を発明し、書物の大量印刷が可能になった。これにより、フランクフルト書籍見本市はそのころからすでにヨーロッパの書籍販売ならびに取引の中心的役割を果たし、17世紀から18世紀半ばころには隆盛を誇っていたといわれている。

 このフランクフルトにはライバルがいた。そのライバルはライプツイッヒで、こちらは主として中・東欧地域をターゲットに書籍販売取引を拡張していた。ところが、18世紀以後、ドイツでは書籍販売取引においての近代化が行なわれ、フランクフルトは油断していたためにその動きから取り残されてしまい、ついにライプツイッヒにお株を奪われ、見本市中止という事態を招いてしまった。
 もっとも何が幸いとなるかわからない。実はフランクフルトは第二次世界大戦後に息を吹き返す事になったのだが、その理由は、ドイツが東西に分断され、「鉄のカーテン」が降ろされたことにより、ライプツイッヒにおける書籍見本市が急速に衰退していったからである。
 そのスキをぬうように、フランクフルトでは1949年になって書籍見本市を復活させた。そして以後毎年10月に書籍見本市が開催することになり、今年は第51回目の国際書籍見本市開催を迎えることになったのである。

 ちなみにその規模だが、参加国113カ国(1998年=105カ国)、出展出版社は6643社(1998年=6793社)、国別では1位ドイツ2449社、2位英国913社、3位米国801社、4位イタリア307社、5位オランダ247社。日本は15位の52社である。出展書籍数は38万5275冊(1998年=36万5517冊)、うち新刊が8万9440冊(1998年=8万6048冊)で、見本出展会場全面積は19万平方メートル(1998年=18万4590平方メートル)。参観者は30万人(1998年=28万9334人)が見込まれている。

 その国際書籍見本市の特徴といえば、ドイツでは書籍を通して、文化がそのときどきの政治情勢やその背景と微妙に絡んで密着していることであろう。
 例えば今年の書籍見本市だと、

1)今年はちょうど20世紀最後の世紀に当たるだけでなく
2)フランクフルトが生んだ世界文豪ゲーテ生誕250周年である。
3)さらに「ベルリンの壁」崩壊10周年目に当たる。
4)加えて、ドイツでは27年ぶりに、作品「ブリキの太鼓」で世界的にその名を知られているギュンター・グラスにノーベル文学賞が授けられた。

 というわけで、12日午後5時より開始された開会式では欧州議会議長をはじめドイツの大統領や首相も含め大物政治家が続々とフランクフルトに姿をあらわし、オープニング式典に出席して、挨拶に立った。そればかりではない。翌日13日には各国の出展社スタンドにまで与野党の議員が姿をあらわし激励する。中でも特に注目を集めたのは、今年3月11日、突如、蔵相を辞任し野に下りひっそりとしていたはずのラフオンテイーヌがオモテ舞台に姿をあらわしたことだ。彼は、このところ社会民主党軒並み地方選挙で大敗を喫しているのを「それ見たか」といわんばかりに、書籍見本市に合わせて党内批判書(というよりも暴露本に近い)『心臓は左に向かって打っている』なるタイトルの本を出版し、ドイツ中をその話題でわかせるという芸を披露している。
 一方文学者も負けてはいない。例えば今年のノーベル文学賞受賞者ギュンター・グラス(ブラント政権時代、ブラント社民党政権を積極的にバックアップしていた)は、今回ラフオンテイーヌによる社民党裏切り行為を批判し、「仲間うちの言動や行為をキャンダルに書いて社民党のイメージを損なうなど卑怯者でしかない。彼との和解を憶測する向きもあるが、私にはその意思はまったくない」と断言している。

 今一つは、1950年に設立され、毎年文学や歴史に功績のあった人物に贈られる「ドイツ書店による平和賞」が、今年は米国の歴史家フリッツ・シュタインに贈られることになったことだ。彼はユダヤ人であったため13歳のとき両親とともにユダヤ人迫害から逃れて米国へ移住し、米国の市民権を得た。
 その彼は挨拶で、「ドイツがナチ時代に行なったユダヤ人迫害に幕を引く事は出来ない」と述べた。これは昨年の受賞者である作家マーチン・ヴイアザーが受賞の挨拶で「いつまでもユダヤ人問題を引きずるのはよくない。そろそろ終わりにすべきだと思う」と述べ、ドイツではこの発言で世論を二分にする事態が起ったからだ。今年の受賞者はその回答という意味もあって選出されたといわれている。

 こうしてみるとドイツでは文学もまた政治と密着していることがよく分かる。しかも政治家自ら意図的にドイツ国民の活字離れ阻止に加担し、率先して活字文化向上に努め、最終的には書籍の販売に一役買っている。と同時に、国民に対して書籍を通し政治への関心を高めるようにとそれとなくサインを送ってもいるのだ。

 では一方日本はどうか。私がこの見本市を最初に訪れたのは1969年だからすでに30年になるが、その都度、日本ではそういった面ではまったく未開発に等しい(といっても過言ではない)と痛感する。これまで1度も、現役の政治家が書籍見本市を訪れたという話は聞いたことがないし、日本の文学者だってこの国際書籍見本市を訪れたのは1990年開催の「日本年」だけで、しかも数人だけである。
 出版社にいたってはそれぞれブースがあるというのに、大半は版権売買に関わっているだけで、その他のことにはまるっきり関心がない。まとめ役であるはずの組織団体も、毎年フランクフルト総領事館と合同で簡単な立食形式のパーテイを行なうのが精一杯で、このところマンネリ化だけがいやに目立つ。活気もない。とくに今年は日本での出版不況の直撃を受けて、ブースを持つ出展社の数もひところから比べて3分の1以下に減ってしまった。欧州まで進出してブースを持つだけのエネルギーも余裕もなくなってしまったということか。しかもここ数年、リーダーの人材不足で、組織そのものは先細りの観さえある。「こんな事でいいのか。日本の文化政策」とついゲキを飛ばして見たくなるのは私だけだろうか。

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