weekly business SAPIO 99/10/14号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《東海村もロンドン列車事故もコスト優先で安全対策を怠ったハイテク社会ゆえの惨劇だ》


 9月30日に発生した東海村臨界事故は、その後の調査結果によると、上は政府直属の科学技術庁から下は子会社の現場作業員に至るまで、いたずらに放射能の恐怖を軽視した結果、その人身ミスが事故につながった。しかも安全対策たるや実にずさんででたらめだったことが明確になってしまった。
 チェルノブイリ原発爆発事故もそうだった。これについてはつい最近ドイツのテレビ局が放映した当時の記録フイルムがその事実を物語っている。
 要約するとこうだ。

 チェルノブイリ原発爆発事故が起きたのは1986年4月26日午前1時24分ごろで、当時作業をあたっていた技師数人の証言によると、「それまで平常に作動していたのに、あるボタンを押したところ、突然、地震かと思う爆発音がした」という。その瞬間、外部では「暗闇の空が真っ赤に染まった」と目撃者が語っている。惨事はそこから始まった。
 何しろこの爆発事故では広島の400倍もの強力な放射能が放出してしまったのである。それなのに当時、旧ソ連は秘密主義一辺倒であったため、その秘密主義が仇となり、消火および救援活動に狩り出された消防隊、兵士(=約800人)は、事実をいっさい知らされず、防護服も着用しないまま、作業にあたった。そのため全員被曝し肌は黒ずみ、ただれた上、やけどを負ってしまった。当然付近の住民4万人もその危険にさらされることになった。だが、その住民に放射能の恐怖が通報されたのは事故経過20時間後のことで、その時点でようやく強制引越しが開始されたといわれている。

 あれから18年が経った。その間チェノブイリ爆発事故で約7万人が被爆し死亡している。しかも生まれてくる子どもに関しては、その大半が身体障害児もしくは甲状腺障害(主にがん)に罹っている。

 余談だが、日本ではこの事件後日本財団(会長曽野綾子氏)がその児童に救援の手を差し伸べるために、「チェルノブイリ医療支援」として33億6000万円を充て1991年から5年間で血液障害や甲状腺異常などに苦しむ16万人もの児童たちの検診活動を行ない、その後の3年間も、事故後生まれたこどもを含め4万人の児童検診に寄与しているという。

 こうしてみると一見人類によって発見され発明された高度な科学技術が人類の生活を便利にし快適にしつつある一方、逆に人類を恐怖に貶めつつあることが分かる。
 そういう観点から見ると、10月5日に発生したロンドンの朝のラッシュアワー鉄道事故(この事故では約100人が1200度近くの熱火によって、身元の判別がつかないほど黒焦げになり、一部は完全に灰になってしまった)も、人類がその度な科学技術に振りまわされ、いたずらにその安全対策を怠ったという点で、ちょうどその5日前に起った東海村臨界事故と実に酷似している。つまり、このロンドン鉄道事故は、性格の違いはあるものの、東海村臨界事故の延長線上において、起るべくして起きた事故だったといってもいい。

 その原因だが、
1. その2カ月前に運転訓練を終了したばかりの31歳の新米運転手が,赤信号を見落としたばかりに、ちょうど進行してきた特急電車と衝突した。

2. イギリスで国鉄民営化が開始されたのは1994年だが、このときレールと駅、信号は「レールトラック会社」に所属、機関車と車両は3事業、25社に賃貸(各自路線には縄張りがある)し、貨物列車は5社、整備は19社に分割した。このため、97年、同様の事故が起こり7人死亡、150人重軽傷者を出したにもかかわらず、お互いに目先の利益追求に目がくらみ、新規のオートマテイック信号機設置には莫大なコスト(30万マルク)が掛るとしてその取りつけには全く関心がなかった。車両もできるだけ古い車両で間に合わせようと事故などで使い物にならない車両まで修理して走行させていた。

3. 政府も民営化を理由に、新規の信号設置には消極的だった。

 一方ドイツでも1998年6月に新幹線に相当する超特急が、発車前の車輪点検ミスで、走行中橋げたにぶつかり死者100人を出すという大事故を起こしている。
 ちなみに1986年から1996年までの10年間における、EU諸国全体での鉄道事故による死者は1713人で、国別では1位フランス408人、2位ドイツ337人、3位イギリス298人、4位ポルトガル206人、5位オランダ109人となっている。10万キロメートルにおける死者数は、EU諸国全体では0.31人で、1位ポルトガル1.55人、2位ギリシア0.61人、3位オランダ0.49人、4位ルクセンブルグ0.47人、5位オーストリア0.46人である。

 というわけで、これらの事故において一様に共通している点は、過度の競争激化に打ち勝つために、極力コストを抑えようとして安全対策を怠り、その挙句、取り
返しのつかない人身事故を起こしてしまったことである。今後、日本も含めた先進工業諸国の最大の課題は、安全対策に関心を払うことであり、その緻密かつ完璧な全対策こそが国および会社の盛衰の鍵を握ることになると思われる。

 最後に一つ。ドイツでは、日本はこと鉄道の安全性においては世界一との評価がある。なぜなら東京オリンピックをきっかけに開通した新幹線が、かつて1度も欧州に見られるような人身大事故を起こしていないからだ。10年の安全宣言を行なった山陽新幹線が、その2ヶ月後の10月9日、トンネルの側壁投下事故で運行が中止されてダイヤが大幅に狂い、多くの乗客からクレームがついたという。だが、この適切な処置こそが大事故防止、とりわけ人身事故防止につながっている。そうした事前事故防止に最善の努力を払うJRにはむしろ日本のJR利用者は感謝すべきであると私は思う。

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