weekly business SAPIO 98/9/3号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆西側企業からバットと拳銃で税金を取り立てるロシアの税吏◆


今回も引き続き、ロシア発政治・経済=金融危機に関して、ドイツと欧州、その欧州とは常に緊密な関係にあるアメリカの反応および対応について、日本のマスコミではほとんど取り上げられなかった当地の観測をレポートしておきたいと思う。

ルーブル切り下げで、キリエンコ首相が解任され、前首相チェルノムイジンがエリツィン大統領に呼び戻され、政界に復帰したのは先々週末から先週にかけてであった。その間ルーブルは急落し、外国為替市場における取引停止が週末(28日)まで3日間続いた。そのため、株価が急落、日本に至っては12年半ぶりに1万4,000円割れとなり、ここフランクフルト市場でも約5カ月ぶり(1998年3月20日5,001.5)に、5,000台を割ってしまった。

 ところが、そこはそれ、いち早く当地のマスコミは、こうした「世界同時株安」について、ほぼ同時に、米連邦準備制度理事会(FRB)グリーンスバン議長とドイツ連邦銀行ティートマイヤー総裁のコメントを記事にし、その真相に迫っている。
そのコメントとは、「今回の株安はロシア発のルーブル切り下げが直接の原因となったが、そもそもニューヨークもフランクフルトも株式市場は過熱気味で、このままでは投機筋の好餌にされるのではないかと心配していた。今回の株安はそうした一般市民にまで波及しつつある過度の投機熱を冷まし、歯止めをかける点で、絶好の機会でありタイミングもよかったと思う」というのである。

 その間、避暑と称して雲隠れしていたエリツィン大統領が、28日夕方(ドイツ時間18時30分)、クレムリンに姿を現し、引退のうわさを否認して「2000年の任期切れまで大統領の執務に就く」との談話を発表した。
この談話が発表されたのは週末で、週明け(8月31日)、市場がどのような反応を示すか、この原稿を書いている時点ではまだ定かではない。しかし、結果はどうであれ、この勝負はほぼ決まったも同然、西側欧米諸国の作戦勝ちというのが当地の一致した観測である。

 なぜなら、今回のこのロシア経済混乱の火付け役はジョージ・ソロスを始めとした西側欧米諸国だからで、理由は、西側が再三の対ロシア支援にも拘らず、自助努力を怠っているロシアに見切りをつけたといわれているからだ。とくにドイツはロシア最大の債権国である。そのドイツでは政治家を始め一般国民まで、ドイツの寛大さにつけこみ、なおも執拗に支援攻勢を仕掛けてくるロシアの厚顔さに、うんざ
りしていたからだ。

 その証拠に、ドイツの政財界では、なぜか、今回のロシア混乱には動じる風はなく、むしろ、コール首相やワイゲル蔵相に至っては、「われわれはロシアに改革を促している。具体的な改革案がロシア側から示されなければ、今後ロシア支援は難
しくなると思う。もちろんその場合、改革を求める側のわれわれ自身もまた痛みを伴うことになる。しかしこれは止むを得まい。そのリスクを恐れていては、いつまでたっても真の改革を(ロシアに)促すことにならないから」と語っているほどだ。

こうしたロシアに対する西側諸国の強気の背景だが、何よりも西側諸国は、冷戦終焉後、一方でロシアの窮状に手を貸すなか(ドイツ統一見返りやIMFによる再三の対ロシア財政支援)、他方で着々と行ってきたロシア骨抜き作戦がほぼ成功したと確信していることだ。

その成果とは次の3点だ。

1)ソ連と直結していた旧東独秘密警察を通してソ連の詳細な機密(核兵器や軍事規模)資料の大半を収集することができた。
2)ワルシャワ条約氷解で、中・東欧諸国に駐留していた約60万人のソ連兵(うち東独には38万人のソ連兵が駐留)とミサイルを含めた最新兵器をロシア本国へ追放した。
3)その東欧諸国には将来NATO加盟が約束されている。

とりわけ、ロシアにとって致命的と言われているのは1997年12月17日、エリツィン大統領が承認した“ロシア連邦国家安全のコンセプト”によって、ロシア軍がNATOとの協力を強いられ、事実上核兵器もその監視下に置かれ、これまでのロシアによる核威嚇効力が全く意味をなさなくなってしまったことだ。

 加えてロシアは財政危機で、軍隊維持すら困難になっている。例えば兵士の報酬すら滞りがちで、兵役義務兵士の月給はたったの約1万8000ルーブル(=約600円)で、この月給では石けん1個と練り歯磨き1本しか購入できない。
将校クラスも外にアルバイトを求め生活の糧にしている有り様で、勢い軍規は乱れ、統率もままならない。そのため士気は落ち、隊内での暴力は日常茶飯事で、オモテ向き“自殺”という理由で年間5,000人もの死者を出している。

その一方で冷戦後のロシアは、民主化という名のマフィア化に拍車が掛かっている。その実態は民間企業の40%、公的企業の60%、銀行の50%、つまり、ロシア経済の3分の2が、直接あるいは間接的にマフィアの管理下に置かれ、法を取り締まる検察や警察といえど大なり小なり、半数は買収されている。 しかもこうした中でせっかく西側がロシア民主化促進のために行った財政支援も、少なくともその半分は、これらマフィアの手で、再び西に流出し、スイスやキプロス、バハマなどの銀行に預けられているというのだ。

さらに、その被害をもろに受けているのが、ロシア投資に貢献しているアメリカやドイツの企業家や銀行である。(一例:ロシアの法に従って、期日通り税金を納めているにもかかわらず、税金取立人は、野球のバットや拳銃を突きつけて請求する)。そのため、この混乱をきっかけに、両国の投資家および銀行家は商工会議所を中心に、エリツィン大統領とチェルノムイジン首相代行に厳重な抗議の手紙を送り、ついでにその内容をロシアの新聞『ネサビスマヤ・ガセタ』紙上で公開している。

 というわけで、今回のロシア混乱だが、その背景には、こうした悪弊を追放しない限り、ロシアに対する財政支援はお断りという強い西側の意志とその働きかけがあったことを忘れてはならない。
 余計なお節介かもしれないが、もしかしたら、今後日ロ会談に臨む日本政府にとっても、いい参考資料になるかもしれない。

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