weekly business SAPIO 98/7/9号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆ユーロはまだ一枚岩ではない!シラクvsコール「冷たい戦争」の一部始終◆


6月に入って、ユーロ通貨統合の手続きのほぼ九分通りは、ブリュッセルからフランクフルトに移動した感がある。以後、初代欧州中央銀行総裁に就任したウィム・ドイゼンベルグを中心とした金融関係の国際行事は、ここフランクフルトで頻繁に開催されるようになったからである。

つい最近の行事は6月30日に開催された欧州中央銀行の発足記念式典で、サンティールEU委員長、コール首相、ブレア英首相をはじめEU連合国各国蔵相、中央銀行関係者らが出席した。(注:シラク大統領は出席せず)。

 この式典で最初に演壇に立ったドイゼンベルグ欧州中央銀行総裁は、シラク仏大統領欠席をいいことに、さもシラク大統領への当てつけといわんばかりに「強いユーロを目指すために、金輪際政治介入は許さないし、国益優先の金融政策は行わない」と言った。

 また記者団の質問では、「(私の)任期については私が決めることで、たぶん任期途中で辞任することはありえない」と固い決意を語った。

こうした微妙な初代欧州中央銀行総裁の発言だが、その発端は日本のマスコミがトップ扱いで報じた5月2日にさかのぼる。

この日、EU加盟15カ国首脳が本部ブリュッセルに集合、議長の英国首相トニー・ブレアを中心に首脳会議(首脳会議の議長の任期は半年)が開催された。議題は1)来年1999年1月1日からのユーロ通貨統合実施と2)参加国を当面ドイツ、フランスなど11カ国とすること。

 ここまでは順調に進行した。ところが3つめの議題、欧州中央銀行初代総裁選出の段階に入って、にわかに会議は荒れ模様となる。

 これまでユーロ通貨統合に関しては、通貨統合加盟資格や欧州中央銀行設置地など、93年11月マーストリヒト(所在オランダ)で発効した「マーストリヒト条約」をもとに推進してきた。欧州中央銀行総裁の任期8年もその中に明記されている。しかも強いユーロを目指すためにドイツの連邦銀行をモデルに政治と分離し独立性を維持することは暗黙のうちに了解してきた。

その番人としての適任者は、94年1月以来設置された欧州通貨機構(所在フランクフルト)に深く関わってきたドイゼンベルグの他においてない。ちなみに彼の経歴だが、ワシントンで国際通貨ファンド関係の実務に就き(1966年)、帰国後アムステルダム大学で教鞭(1970〜73年)を執った。さらに1977年には時の内閣の要請で蔵相に就任、1982年にはオランダ中央銀行総裁として「強いギルド貨」をめざして辣腕をふるう。

その経験を買われ、1995年欧州通貨機関−通称・欧州通貨統合準備機関−のトップに迎えられて、事実上、゛ユーロ育ての親゛異名をもち今日に至っている。
つまり誰の目から見ても、初代総裁はドイゼンベルグというのは関係者の一致した意見だった。

 ところがこの選出にフランスのシラク大統領が突然異議を申し立て、対抗馬としてフランスのジャン・クラウド・トルシエ仏中央銀行総裁を推すと宣明し、この首脳会議に臨んだのである。

 強引なこのシラクの主張は通貨統合参加国からも支持を得られず、採決の結果は10(ドイゼンベルグ支持)対1という結果が出た。にも拘らずシラク大統領は引き下がらない。このままではらちがあかないので結局シラクとの妥協点として、−先ず初代総裁にはドイゼンベルグを選出するが、任期半ば4年で彼は自主的に退任すること−で落着した。

 収まらないのはコール首相である。首脳会議直後、仲直りも兼ねてフランスのアビニヨンでシラク大統領に会うことになったコールは、時間を守る彼にしては珍しく初めて10分遅れて会場に到着した。しかも最初シラクと並んで行進している間もシラクとは目を合わさずしばらく横を向いたきりだった。

 もっともこの我がままなシラクに何よりも腹を立てたのはドイゼンベルグ本人だった。さっそく彼は、6月30日の記念式典の挨拶に立つや、冒頭のような演説でシラクに応酬し、そのユーロに対する強い決意を述べるとともに、ついでにうっぷんを晴らすことにしたのである。

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