weekly business SAPIO 98/7/17号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆ユーロの「公用語は英語、マルク主導」で募る“誇り高きフランス”の苦悩◆


18世紀、いやもっと以前から、欧州では英独仏三国の紛争は絶えず、その都度、武器をとって戦い、ついたり離れたりしてきた。現代はその戦争が通用しなくなったが、その代わり弁舌を武器に戦う習慣がついてしまった。ユーロ通貨統合もその例に漏れない。

最近では欧州中央銀行総裁の椅子を巡って、仲のいいはずの独仏に少しヒビが入った。その間隙を縫うように、英国とドイツが接近しているというのも、昔の欧州をそのまま引きずっている。今回はその現代版を報告する。

英国首相ブレアーがユーロ支持の一文を、ドイツの一流紙「フランクフルター・アレゲマイネ」に寄稿したのは、フランクフルトで欧州中央銀行発足記念式典が開催された6月30日のことである。英国の首相がドイツの新聞に寄稿するというのは前代未聞に近い話なのだが、それはさておき、この寄稿でブレアー首相は、これまで先送りにしてきた英国のユーロ通貨統合に対する立場を、一歩踏み込んだ形で明確にした。

 その理由を彼は3項目挙げた。

・欧州の一負である英国はユーロに背を向けることは不可能になってきたこと。
・ユーロ通貨の流れは歴史の必然性といってよく、もはや後戻りできなくなって しまったこと。
・ユーロは21世紀の欧州市民の幸福をもたらすと確信していること。

 もっとも、これはあくまでも外交辞令で、その真意を忖度すると、待ったなしでユーロ通貨統合が進む中、これ以上反ユーロの立場を固持していると英国は欧州の孤児になり、金融市場の主役でならしてきたロンドンさえも、やがてはフランクフルトにそのお株を奪われるのではないかという危機感に駆られたからである。

その変わり身の早さは舌を巻くほどで、早速その具体化の一歩として7月7日、欧州の2大金融センターであるロンドンとフランクフルトの証券取引所が、1999年をメドに一体化するという統合計画が公表された。このニュースを受けて翌日(7月8日)のドイツ平均株価指数は6000の大台を軽く突破、6013.14マルクと新記録を更新した。

こうした一連の動きを、苦虫を噛み潰すような気持ちで眺めていたのはシラク大統領にほかならない(といわれている)。欧州中央銀行総裁選出では、みそをつけた(7月9日号参照)シラク大統領だが、彼の危惧がこの一件でみごとに的中してしまったからである。

シラク大統領(およびフランス)の危惧とは、ユーロ通貨統合のシナリオがフランス抜きで、ドイツの思惑通りに進行していることにある。そもそもユーロ通貨統合はフランスの強い要望によって動き出した。しかしその組織作り、運営方法、管理面や意志決定となると、勢い、秀でた実務能力者を抱え、しかも“強いマルク”の実績を持つドイツが中心になるのは自明の理で、いかにフランス人といえども歯が立たない。

ちなみにこのマルク導入は1948年6月20日に、連合国米英仏というよりも、むしろアメリカの指導下で実施された。今年は50周年目にあたるが、来年そのドイツ・マルクは消滅する運命にある。先日、その50周年記念と決別の式がフランクフルトで盛大に開催された。

その強いマルクの育ての親はドイツ連邦銀行である。欧州中央銀行はそのドイツ連邦銀行の伝統(物価の安定維持と中央銀行の独立性)をほぼ継承して設立された。
しかも、両銀行ともに本拠地=所在地はフランクフルトである。

かつ、この欧州中央銀行は事実上、ドイゼンベルグ総裁、ドイツ連邦銀行総裁ハンス・ティートマイヤー、そして今一人ドイツ連邦銀行から欧州中央銀行へ横滑りして理事に就任し、強い通貨≠ニ中央銀行の独立性≠ナはタカ派で鳴らしてきたオットーマー・イッシング(1936年生まれ、29歳にして早くも大学における教育資格取得)の三人主導で取り仕切られることになってしまった。

それだけではない。あの誇り高いフランスにとって、我慢がならないのは、欧州中央銀行を中心とする銀行の公用語がフランス語でなく、英語が主流を占めつつあることだ。

 これもドイツ側の意向で、
1 ユーロ通貨推進はドル基軸のアメリカの協力なくして不可能であること、
2 所詮世界語として通用するのは英語しかない
との結論によるもので、93年11月マーストリヒト条約発効後、非公式ではあるが英語が半ば公用語として使用されるようになった。

 というわけで、もっかフランスはユーロ通貨統合を第一推進者とはいえ諸手を挙げて歓迎できない複雑な心理状態にある。

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発行 小学館
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