weekly business SAPIO 98/7/1号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             
ユーロの本拠地「フランクフルト」からのビジネス定期便、いよいよスタート!

◆ドイツがマルクを捨てユーロを選んだ本当の理由◆

 
 7月から新しく毎週1回ビジネスサピオを担当させていただくことになった。担当するにあたって、最初にお断りしておきたいのは、私はこのウィークリービジネスに関して“欧州の視点”から発信したいと思っていること。なぜこの当たり前のことを今になって強調するかというと、欧州に住んで痛切に感じることだ、日本のマスコミ界では英国発信ニュース(それ自体誤っているわけではない)が巾を利かして、日本の視点をかなり曇らせているからだ。

 特にこの傾向は第二次大戦後顕著になったように思う。日本が戦争で負けたこと、その戦争の勝利国の一つが英国で、勝者に対する遠慮があったこと、加えてたまたま勝者が英語を話す国で、英語なら日本人も理解できるという安易な報道姿勢によって英語に頼り切ったことだろう。その結果、戦後の日本の報道には欧州大陸からの視点というものが抜け落ちていたことも事実である。

 ユーロ通貨統合一つ例にとっても、これまで日本のマスコミが報じてきた一速の報道は通貨統合に水をさすネガティブな報道が大勢を占めてきた。理由は簡単で、英国が通貨統合に反対だったからにすぎない。しかも、ここ私が住むフランクフルトがユーロ通貨の中心になるというのだ。実はこの町は人口60万人ほどの小都市で世界の金融都市というには見るからに貧弱である。
英国の金融界から見ればきっと摩訶不思議だったに違いない。

 その欧州中央銀行の本拠地としてフランクフルトが決定したのは1993年11月である。候補地にロンドン、パリが挙がっている中で、コール首相が猛然とフランクフルトを主張したからだ。

 もっともこの通貨統合にはウラ話がある。当時の仏大統領・故ミッテランが、統一後の“強いドイツ”を懸念し、コール首相に統一条件の見返りにユーロ通貨統合を強硬に迫ったからだ。元来ドイツにとっては独マルクはドル、円と肩を並べる強い通貨で何が何でも通貨統合を急ぐ理由はなかったのである。だがドイツ統一との交換条件となれば話は別である。

 事実、通貨統合で最も犠牲を払うのはドイツ国民で、今もしドイツで(通貨統合賛否)の国民投票を実施すれば70%が反対に回ると言われている。2002年には一般市民のユーロ通貨交換が実施されるが、交換率は約2分の1(1ユーロ=2マルク)で、そのドイツ人の心理的ダメージは大きく、反発気分は今も容易に抜けきらない。特に中年以上のドイツ人にその抵抗感は強い。 にも拘わらず通貨統合 に踏み切った最大の理由は、これが21世紀を睨んだ長期的な欧州の行方に大きな効果をもたらすと信じているからである。

 欧州は、国が入り組んでいるせいもあるが、通貨統合一つ取り上げても国によってその解釈に雲泥の差がある。英国が通貨統合に批判的なのはユーロの誕生によって、ポンド圏を失い、金融の町としての魅力がなくなることで、英国にとって何一つ得するものはないとの結論があるからである。英国がドル圏の首領アメリカや円圏の首領日本を挑発し、ユーロ妨害に出たのは無理もない。

 ところが、これがアメリカのような世界戦略に長けた国になると、一方であたかも英国の挑発に乗ったふりをしつつ、他方ユーロにも力を貸すという二つの顔を持つというしたたかな外交を展開してみせる。

これは英国についても同様で、反ユーロを標榜している本元英国だからその信念を終始一貫して見せるかと思うと大間違いで、実は反対の声を挙げている一方で、ちゃっかり“逃げ道”を用意している。もしユーロが成功すれば、ユーロへ乗り移るというのだ。

 こうした両天秤外交、言葉が悪ければ“幅広い選択肢を残した外交術”は、米英に限らず欧米諸国にとってお手のものである。それだけにマスコミもそうした外交術を十分に咀嚼し吟味した上で報道に臨む。つまり欧米諸国ではマスコミに携わる者の力量は、あるニュースにおいて、それをどう解釈し内外に伝えるか、その国際センスが問われるのである。

 残念ながら、そういった面でこれまでの(いや今も)日本のマスコミにはその力量とセンス欠如が目立つ。単に送信されてきたニュースをそのまま日本に送るという作業では機械であってジャーナリストとはいえないからだ。というわけで、少なくとも私はそうでないニュースを、今後通貨統合の本拠地フランクフルトから発信して行こうと思う。

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