weekly business SAPIO 98/10/8号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

◆シュレーダー新首相でドイツは一歩「前進」か? 「後退」か?◆


慌ただしかった日本行き(日本を離れて30年になる私にとって、帰国でなく“行く”ことになる)を無事終了しドイツへ帰国した2日目、フランクフルト市市長ロート女史の招待を受け、市庁舎へ出掛けていった。定期的に行われるジャーナリストとの親睦会で、この席には珍しく企業の広報担当ジャーナリストたちも姿を見せた。

今回は半年近く展開された熾烈な総選挙後5日目とあって、話題はつい選挙結果とその後の経済動向が中心となり、新政権歓迎組とそうでない組とに真っ二つに割れるという珍現象が起きた。

前者新政権歓迎組は、「長すぎたコール政権には飽き飽きしていたから、ちょうどいい転機になった」といい、そうでない後者は「21世紀を目の前にして、 ドイツはようやく米英仏と並び大国として活躍する時期に入ったというのに、これで一歩後退する」と悲観的な見方をする。

 さて、その選挙直後1週間の動きだが、社民党勝利で、首相候補に挙がっていたシュレーダーが次期首相に指名されること、連合の相手が緑の党であることが ほぼ確定した。
 これにより、シュレーダー政権はコール政権と打って変わり、かなり左寄りになる。
もっとも、ドイツは今や押しも押されぬ大国で、一挙手一投足が世界の注目を浴びる国である。いかに左よりとはいえ、他国をさしおいて独走することは許されない。

とくに社民党の連立相手「緑の党」は、安全保障面でNATO脱退、徴兵廃止、連邦軍半減を主張している党である。社民党はこの緑の党とどこまで歩み寄るつもりか。下手すると、緑の党の主張を通せば、ドイツは欧州および世界における孤児になりかねない。

それだけに、もっか政権を担当するに当たって交わす両党の連立契約作成に重点がおかれていて、シュレーダー次期首相は、「いつ契約は成立するのか」という記者のせっかちな質問に対して、「難しい相手との連立で、4年間政権を持ちこたえて行くためには、じっくりと時間を掛け慎重に検討し契約に臨みたい」と語っているほどだ。

同時にシュレーダー次期首相は、国際政治における新政権の立場明示にも全力を上げている。 まずその動きから見てみよう。
1)選挙直後、パリを訪れシラク大統領と会談、コール政権に続いて従来の密接な独仏関係の継承を強調した。
2)今週木曜日(10月8日)は、次期外相候補に挙がっている緑の党員フィッシャーを伴ってワシントン入りしクリントン大統領と会談、米独関係は従来通り継続することをアピールする。(当然コソボ問題における武力行使もこの場で取り上げられるが、この問題に緑の党員フィッシャーがどう反応するか)。
3)イギリスに対しては、今回の社民党選挙戦は英国労働党の選挙のノウハウを拝借して勝利を導いたといわれている。その返礼という意味で、10月3日の「ドイツ統一8周年記念祝典祭」は、シュレーダーの出身地であり、かつ英国王家の故郷であるハノーバーで開催した。

このドイツ統一祝典祭にはEU委員長サンティールをはじめ内外の政財界の大物1,300人が出席したが、挨拶に立ったシュレーダーは、席上、「ドイツは欧州の一員であること」を強調するとともに、「当時(『ベルリンの壁』撤廃のころ)、自分をふくめ世界の誰もが半信半疑だった困難なドイツ統一達成を実現したコール首相には感謝する」と結んで、コールの功績を称え、その路線踏襲を明確にした。

 もっともこうしたシュレーダー次期政権の積極的な国際政治への関わり方だが、コール政権支持者の多くは、次のような疑問を投げかけている。
一つは外交。コールと違って国際舞台で新顔となるシュレーダーである。どこまでその手腕が発揮できるか。もしかすると英国やフランス、アメリカ、果てはロシアの海干山干政治家に手玉に取られ、ドイツの立場は不利になる。

二つは経済。財界の反応としては、さっそくドイツ商工会議所が主要な中小企業1,000社に行なった選挙直後の緊急アンケートによると、「民主的な手段で選出された新政権だけに協力しないわけにはいかない」としながらも、回答者の3分の2は、「今回の選挙結果による社民党・緑の党連立政権誕生は、企業にとって“ネガティブ”であり、思っている以上に状況は悪くなる」との回答を行っていることだ。この回答でも明らかなように、ようやく回復の兆しが見え始めたドイツ景気も、新政権のアンチ企業政策遂行で、逆に悪化する。

 一方こうした危惧を打ち消す材料として、次のような意見も浮上している。
一つは、国際舞台におけるドイツの位置に関しては、すでにコールが基礎固めを済ませており、シュレーダーはその路線に沿って直進すればいい。しかも、当年56歳で1944年生まれの彼には、ドイツの過去(=ナチス)にこだわりがない。その有利な立場を十二分に駆使できる。その上シュレーダーはレトリックの天才(コールの比でない)といわれている。このシュレーダー流レトリックを武器に、大国の政治家と肩を並べ、堂々と渡り合うことができる。

二つは、シュレーダー自身VW社の監査役にあり、企業サイドの経験も豊富である。その体験をもとに、シュレーダーはイデオロギー色の強い労働組合懐柔に乗り出す。また、彼はそのうってつけの人物である。
もっとも、そのシュレーダーも所詮労働組合のピエロである。もしシュレーダーが過度な労働路線逸脱を図ったばあい、労組の怒りを買って首をすげ替えられることは免れない。そうなれば新政権の左寄りに一層拍車が掛かる。
いずれにしろ、今回のドイツの選挙結果。当分、世界・欧州・ドイツ国内にとって、目が離せないことになりそうだ。

 さて最後に今一つ、今回の総選挙について、なぜ投票率が82.3%と前回の79%をさらに上回る結果になったかについて、その理由にも触れておかなくてはならない。
一言でいえば、この選挙戦、コール首相とシュレーダー首相候補によるテレビと新聞を巧みに利用したメデイア戦争(逆にその手の裏まで選挙民の目にさらされた)にあったこと。そのため選挙民は好むと好まざるに関わらず選挙に関心を持たざるを得なかった。とくにシュレーダーに至っては、コール支持者から「政策が二の次だ」と悪口をたたかれるまでにショーマンに徹した。このメディア効果が選挙民の足を自然に投票場へと向かわせたといわれている。

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