weekly business SAPIO 2000/9/28号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《ドイツの緻密かつ狡猾な外交戦術を見習い日本は真のアジアのリーダーとなれ!》



 約3年にわたったこの「Weekly Business SAPIO」が9月末をもって閉じる。
 ヨーロッパを担当し、ここユーロの拠点フランクフルトから、ユーロを中心に、ドイツ及びヨーロッパの政治や経済情勢を日本へ向かって発信してきたラストバッターとして、今回は、ユーロテクノラート、とりわけドイツの長期的かつしたたかな世界戦略情報を読者にご紹介し締めくくろうと思う。

 一つは、先週末9月22日、ユーロ下落に歯止めを掛けるため、日米欧によって、奇襲作戦ともいうべき協調介入を実施したこと。
 二つは翌日23日、プラハで欧州中央銀行総裁も参列し開催された主要7カ国蔵相・中央銀行総裁会議で、原油価格高騰による世界経済後退を懸念し、産油国への原油増産を呼びかけ、米国に対しては、前日22日には同国の戦略石油備蓄3000万バレルを取り崩し、約1か月にわたってその放出の決意を取りつけることに成功したことである。

 先ず前者だが、ユーロ通貨導入がスタートしたのは1999年1月1日のことである。以後、ユーロは下落の連続で、一時はどうなることかと気をもむシーンが見られた。それなのに今回はどういうわけか、珍しくアメリカを初め、ユーロ導入に消極的な姿勢を続けるてきたイギリス、さらには日本も一肌脱いで、いっせいに歩調を合わせこのユーロ下落防止のために結束した。

 なぜそうしたのか。その理由だが、当地では次のように見ている。
 つまり、いかにドル・円・ユーロ、さらにはポンドが競合関係にあるとはいえ、最終的に世界経済は「持ちつ持たれつ」の関係にあり、互いに思惑に捕らわれエゴを剥き出していては、逆に、自らの足をすくわれ共倒れになりかねないと気づいた、ということなのだ。
 特に今年になってからの世界景気は、経済成長率で見ると、世界平均+4.7%(アメリカ+5.2%、日本+1.4%、EU+3.5%、ドイツ+2.9%、開発途上国+5.6%)と上向き傾向にある。しかもこの好況は来年も継続するとの見方が強い。それなのに各国が国益という名のエゴに執着し、これ以上ユーロ安を見放して知らぬ顔を決め込んでいては、せっかくの世界景気上向きに水をさすことになる。

 特に11月に大統領選を控えたアメリカは、現政権が、ゴアを大統領候補に立てて政権を維持するために、「強いドル」によるアメリカ好景気イメージが選挙戦でプラス材料になると考え、少なくとも選挙直前まではユーロ安を黙認しようとした。ところが、ドル高によるアメリカの対ヨーロッパ輸出の伸び悩みは深刻で、その影響をもろに受けた国内関連企業からの「何とかしてほしい」という性急な突き上げには勝てなかった。無論、現在のところ、ゴア陣営の形勢がややブッシュ陣営より有利な上、この程度の協調介入では「強いドル」が揺らぐことはないと見ていることもある。
 一方、イギリスでもポンド高の影響で欧州大陸への輸出が伸びず、イギリス進出日本自動車企業から、「ユーロ通貨圏に加入するか、もしくは対ユーロ安への介入を強く要望する」との声が高まり、その要求を無視するわけには行かなかった。

 そういう点では、当地では、「今回の協調介入はまさに絶好のタイミングであり、もっとも効果的な時期を狙って行なわれた」とし、その結果「改めて、ユーロの地位が固まった。世界の方向として、何よりもユーロの存在を潰す方向でなく育てる方向で一致した」と見て、ユーロに対する自信を強めている。

 では、後者についてはどうか。
 一つはその強力な裏付けにある。つまりOPECに譲歩させる切り札がドイツにはあること。その切り札とは、いうまでもなく原油である。1973〜74年、オイルショック当時のドイツのOPECへの原油依存度は60%だった。ところが、1993年になると原油輸入の1位はOPECだったものの、その比率は44.3%と減少している。ちなみに2位はノルウェーの18.4%で、以下、3位がロシアを中心とした旧ソ連の独立国家共同体で17.4%、4位英国12.4%、5位その他7.5%だった。
 1999年になると、1位はロシアを中心とした独立国家共同体の30.7%に譲り、OPECは2位で、その比率も27.6%と落ち込んでしまった(註:3位ノルウェー20.0%、4位英国13.4%、その他8.3%)。

 二つは、今回の原油高騰によりヨーロッパ各地で展開された、貨物自動車を中心とするドライバーたちの高速道路通行止めという実力行使を、ドイツは未然に防いだこと。フランスに次いでイギリスにもその火の粉は飛び、あわやドイツもというその寸前で食いとめられたのは、この時期、ドイツ庶民の不満をプラハの蔵相会議がうまく吸収した形になったからだ。つまり、庶民サイドの中央政府への原油高騰反対突き上げを、OPECに対する原油増産呼びかけという形で、少しでも和らげたようと画策したのだ。

 ちなみに、ドイツにおける貨物自動車による運搬は、1999年では全体の81%を占め、鉄道の7%に比べて圧倒的に多く、今年はさらに+4.4%が見込まれている。そのため「実用車」製造業社は笑いが止まらないといわれているくらいで、昨年の生産台数は37万8000台、今年はその上を行くといわれている。うちヨーロッパ内輸出が90%を占める。そのような中で、ここフランクフルトでは欧州一といわれる“実用車見本市”が9月23日から30日まで開催され、出展国は42か国、出展企業1311社と盛況である。

 ところが、貨物自動車の販売業績が好調だからといって、貨物運搬業もその追い風に乗って好調なのかというと、実はその反対なのだ。貨物運送業者は競争激化の波にさらされ、今や青息吐息といわれている。理由は「ベルリンの壁」崩壊と共に、東西交流が自由になったことにある。東欧諸国、特にポーランド、チェコ、スロバキアからの格安運搬業者のドイツ進出で、ドイツの運送業者はダンピングの直撃を受け、すでにドイツ国内でこの事業に携わる40万人が、リストラすれすれの危機的状況にある。ドイツの貨物自動車ドライバーの月収は税込み3200マルクから5000マルクといわれているが、競争激化で残業も多く、つい無理をする。そのため1999年には4万5000件もの事故があり、死者は1615人に上っている。

 というわけで、今回の「ユーロ安」と「原油高騰」騒動だが、よく観察してみるとどうやら、どの国も知らず知らずのうちに、ドイツのペースに巻き込まれてしまっていたようだ。これには、今年から国際通貨基金(IMF)の番人である専務理事にドイツ人のケーラーが選出され、彼がドイツのためにうまく立ち回ってくれたことや、今回の会議がドイツとは地理的にも歴史的にも近いチェコ・プラハで開催されたこと、そのチェコはできるだけ早い時期でのEU加盟実現を希望しており、そのことに対してドイツが積極的に手を貸していることなど、比較的ドイツ側にとって有利にことを運ぶ要素が揃っていたことが挙げられる。その点では今回の一連の騒動、ある意味でドイツの作戦勝ちだったといっていいのかもしれない。

 そういえば偶然、今日28日は、デンマークでは、ユーロ参加の是非を問う国民投票日である。ちょうど1か月前、知人のデンマーク人ジャーナリストと会う機会があったのでその予測について訊ねたところ、「どちらともいえない」という答えが返ってきた。この結果が、欧州通貨同盟加盟の次の待機組であるイギリスやスウェーデンの国民投票に影響を及ぼすことは間違いないだろうが、だからといって結果がどうなろうと、ドイツはジタバタしない。通貨統合のような世紀の大事業である。最初からそう上手くことが運ぶとは思っていないからだ。とはいえ、ドイツ人のことである。たとえこの事業が21世紀に持ち越されることがあっても、気長に実行しようと考えている。

 いずれにしてもこのドイツの深謀遠大、しかも緻密かつ狡猾な国際問題における外交戦術を、日本も見習う必要があろう。これらは決してヨーロッパ国内の問題に止まらず、日本にも当てはまるからだ。日本は、G7の中からも、アジアのリーダーとして、その手腕に大きな期待が掛けられている。今回、プラハにおけるG7蔵相会議の様子をドイツ・テレビの中継で見たが、ユーロ協調介入で多大な役割を果たした宮沢蔵相にドイツのアイフエル蔵相が、親愛の情を込め握手をしているシーンを見て、心底そう思った。

 さて、このレポートはここで終わる。日本に対する使命感もあって、私なりにこのレポートにはかなりの時間を割いて打ち込んできたつもりだ。お陰さまで、沢山の読者からいろいろと貴重なご意見をいただいた。また政権の中枢にありながら、途中激務で倒れ急逝された故小渕首相、親しくしていただいている竹村健一氏、三浦朱門・曽野綾子両氏からも、ときどき励ましの言葉を賜わり勇気づけられた。
 最後にこのレポートの機会を作って下さった小学館、「SAPIO」編集長・竹内明彦氏、直接担当編集者としてフォローして下さった前半竹原功氏、後半村田直人氏に心からお礼申しのべ、このレポートを閉じることにする。
 なおこれらのレポートは小学館「サピオ」の了承を得て、私のHPhttp://www8.tok2.com/home/TakakoKlein/ にて公開することにした。ときどき開けてみて下されば幸甚である。ありがとうございました

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