weekly business SAPIO 2000/8/24号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《2週間の日本滞在で垣間見た「過去を軽視する」2つの事象》


 2週間の日本滞在も瞬く間に終わってしまい、今日はドイツへ発つ日である。乾燥したヨーロッパの真夏の暑さとも違うサウナに入ったような湿度の高い真夏の日本へ帰ってきた私。日本では世界レベルのロシア原潜事故についての肝心な情報が得られないことは残念でならないが、それはさておき、今回の日本滞在においても確実に収穫があった。

 その収穫とは何か。
一つは、ドイツではとっくにクリアされ、たとえ戦争に負けたとはいえ、国のために戦った戦死者の英霊に対して、国の首長をはじめ国民の一人ひとりが当然のように敬意を表するという行事が、日本では戦後55年を経た現在に至っても、いいかげんにされ曖昧になっていることを、終戦記念日の8月15日という日、目撃したこと。
二つは、そうした日本のいいかげんさ、曖昧さ体質の中で、恐らく、日本では最後のバブル景気を予測する兆候が、中部経済圏を中心に起こっていることを目撃したことであ
る。
 今回はこの二つの日本で垣間見た事象とそれについての感想を記述しておこうと思う


 まず前者に関して。
 天皇・皇后両陛下をお迎えし武道館で開催された『全国戦没者追悼式』の主役は、天皇・皇后両陛下は特別として、あくまでも遺族たちであるはずだ。しかし、その他の列席者において、この配慮にまったく欠けていることを発見した。遺族の高齢化が始まって久しく、遠くは鹿児島からはるばるこの慰霊祭に参列した高齢者もいたというのに、その主役の遺族たちは片隅に押しやられ、あろうことか、中国の脅しに震え上がって靖国神社参拝を見送った閣僚や議員たちが最前列に陣取って並んで見せた。これでは英霊の魂も浮かばれまい。いったい誰のための追悼式なのか。
 もっとも、こうした曖昧さやいいかげんさ、そして、この本末転倒な政府の姿勢に腹をすえたのか、次のような市民レベルの集会や抗議の声が起きていることも目に留めた


一つは、靖国社頭で1986年より毎年、「日本会議」と「英霊を称える会」によって開催されてきた『第14回戦没者追悼中央国民集会』が、多数の参列者を迎えてこれまでにない盛大な集会になったことである。
終戦直後、マッカーサー総司令官の司令によって危うく取り壊される運命にあったところを、ドイツの神父の制止で免れたといういきさつを持つ靖国社頭。そこで開かれるこの大会では、英霊を称える数人の論者によるスピーチが行なわれた。その一人の「昭和60年、当時の中曽根総理が初めて政府代表として靖国参拝を行なったというのに、翌年中国政府の内政干渉に屈して中止した。今また、せっかく小渕前総理がかなり大幅に世界に通じる国としてその方向路線を修正し、首相による公式靖国参拝の下地ができていたというのに、森首相がこれを見送った」というスピーチにやんやの拍手がわき起こっていた。 

二つは、周辺諸国に気がねして靖国神社参拝を見送った森首相とは違い、公人として靖国神社参拝を行なった石原都知事に、都民から「石原知事、頑張って」という声援が送られたばかりか、我が物顔で報道席に陣取っていた一部のマスコミ関係者に対し、「偏向記事を書くマスコミ人間は出て行け」という声が周囲から起こったことだ。警察官が制止しているのにもかかわらず、とくに朝日新聞やテレビ朝日の記者がその槍玉にあがり、あわやつるし上げられる寸前まで追い詰められ、非難の声を浴びせられていた。

 こうした日本における市民レベルの意識変化は、この日本の終戦記念日に合わせて起こった、海の向こう朝鮮半島における動きを抜きにしては考えられない。
 今回、南北朝鮮離散家族訪問が、6月に平譲で行なわれた南北首脳会談をきっかけとして実施されたが、この離散家族再会を機会に、南北朝鮮に統一とはいえないまでも接近の兆しが見られるようになったことがそのきっかけとなったのであろう。北朝鮮の金正日総書記は、早くも日本を標的とした挑戦的かつ威圧的な言動によって矢継ぎ早に支援要求を仕掛けてきている。こうした事態に対し、これまでのように冷戦構造にどっぷりつかり、戦後の日本人をトリコにしていた平和主義一辺倒という価値観のままでは最早通用しないことに多くの日本人が気がつき始めたのだ。「このままでは日本は世界の孤児になる。何とかしなければならない」という危機感である。

 一方、地方サイドでは何が起こっているか。性懲りもなく、公共事業を中心としたゼネコン体質がはびこり、推進されている。特に、これまでつい中央=東京から見逃されがちだった中部地方では、大きな賭け、バブル経済を再燃する大プロジェクトが着々と進められている。

 そのプロジェクトとは、まず2005年に開催される愛知万博を目玉に、
1)伊勢湾埋め立てによる中部国際空港建設(従来の小牧空港は、軍専用空港とする)。
2)岐阜経由リニア中央新幹線建設
3)第2東名・名神高速道路建設計画
4)東海北陸自動車道路建設
5)中部縦貫自動車道路建設
6)加賀飛騨トンネル建設を含む小松白川連絡道路建設
7)石川県における金沢福光連絡道路建設
といったものである。

確かにこのような大プロジェクトは一時的には中部地方経済活性化を潤すことになるかもしれない。とはいえ、一方ではこうしたゼネコン中心の建設ラッシュ経済活性化が、頭打ちになっていることは、ここ10年間の日本経済後退のなかで証明済みでもある。
中部経済界では愛知万博に期待を寄せているというが、今年開かれているドイツのハノーバー万博では、当初の皮算用とは裏腹に赤字が見込まれている。ただドイツの場合は、昨年ボンからベルリンへ首都が移転され、そのベルリンからハノーバーまでは距離的に近いこともあって、世界各国の政府要人がこのハノーバー万博を訪れたついでに新首都にも立ち寄るという宣伝効果も兼ねているため、その宣伝効果が赤字を帳消しにしてくれている。つまり赤字を承知の国家的事業として捉えているのだ。
 中部経済界にドイツに見られるような「損して得取れ」的青写真があるのかどうか。

新しい空港建設にしてもそうで、未だに巨額の累積赤字を抱える関空の赤字経営が、伊勢湾における新空港建設を直撃することも考えられないではない。
 中央政治抜きの、地方分権という名のプロジェクトといえば聞こえはいいのだが、まかり間違って失敗すれば、中部経済活性化どころか、さらなる日本経済の後退に拍車が掛けられることになる。その辺のリスクに関して当事者たちは深く考えているのだろう
か。
バブル経済で痛い目に遭ってしまった前例があるだけに、心配でならない。


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