weekly business SAPIO 2000/7/6号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《巨大市場・中国が最重要国と考えているのは血生臭い過去を持つ日・米ではなくドイツだ!》


ボンからベルリンへ首都が移転し、議会活動がベルリンで行なわれるようになってそろそろ2年目には入ろうとしている。ドイツはいよいよ欧州における政治と経済の最重要地点として、世界の主要国が目を離せない国になったようだ。
 それは主だった世界の政治家の訪独行事を見れば歴然とする。
 まずはここ1か月ばかりのドイツにおける主な行事を手短におさらいしてみよう。

*6月4日、クリントン大統領が「アーヘン・カール賞」受賞の為にベルリン訪問。

*6月9日、「第75回独仏定期首脳会談」でシラク大統領がマインツ訪問(この会談で、シュレーダー政権誕生以後冷却化していた独仏関係が改善)。

*6月15日〜16日、主だったロシア経済界のボスを引き連れ、プーチン大統領がベルリン訪問。

*6月26日〜27日、シラク大統領がベルリン訪問。とくに27日には、連邦議会にて歴史的な記念講演を行ない、ドイツと歩調を合わせて21世紀におけるEU運営で中心的役割を果たすと宣言。「EU先行統合」のアドバルーンを打ち上げて、そのビジョンを提示し、ドイツを感激させた。

*6月29日、ブレア首相がベルリン訪問。シラク大統領の演説で鮮明にされた「イギリス抜き、独仏主導」による密接なEU構想に、シュレーダーを取り込み独仏関係に水をさそうとしていたイギリスの策略が失敗に終わったと見るや、ブレア首相は急遽ベルリンを訪れ、シュレーダーと昼食をともにしながら、会見に及んでいる。
 同日、NATO事務総長ロバートソン、中東を訪れていたオルブライト国務長官もベルリン入り。続いてフランス、イタリア、スペイン、スウェーデンの要人も揃ってベルリンを訪れ、兵器輸出に関する各国の意見調整と規制枠作りの話し合いがもたれた(もっとも、その真意を忖度すると、このところベルリンを中心にめまぐるしく動いている世界政治に関し、その動静や様子を窺い、もし行き過ぎがあれば牽制しようとの意図があった)。

 更にこの日の夕方には4日間滞在の予定で、中国からも朱首相一行がベルリンの空港に降り立っている。

 今回の朱首相のドイツ訪問の主な目的は、相互の経済促進にあった。ドイツにしてみれば、12億もの人口を抱えている中国は、よだれがでるほどの魅力的な市場である。一方中国にしてみれば、21世紀におけるEUの先導役はドイツであり、将来中国にとって味方につけておきたいもっとも重要な国と睨んでいるわけだ。

 中国にとってドイツは、政治経済・安全保障の面から見て、過去・現在において血生臭い関係がない国である。
 他の先進国との関係では、a)イギリスはアヘン戦争にまつわり、香港問題に至るまで植民地統治のイメージが残っている。b)アメリカとは台湾問題でギクシャクしている。c)日本とは日中戦争の傷痕が今もくすぶっており完璧にクリアされたとはいえない上、日米共同開発のTMDでは、将来の台湾配備を予測し、疑心暗鬼の仲にある。
 そういう観点から見ると、ドイツ・中国関係は良好で、その利点を大いに利用することができる。

 しかも戦後のドイツはブラント首相以後、シュミット、コール、そして今回のシュレーダーに至るまで、政権交代とは関係なく、中国とは実にいい関係を持ち続けてきた(今回の日程の中にも、シュレーダー現首相とはもちろん、コール前首相、シュミット元首相とも会食の場を設けている)。
 とくにシュレーダーは昨年5月、コソボ紛争でのアメリカによる中国大使館誤爆直後に中国訪問を果たし、アメリカと中国との仲介役に回っており、更に11月には、
日本訪問後に中国に立ち寄り、中国政府、とくに朱首相との親交に努めている。
 その朱首相は、ドイツにおいて、「欧米の価値観を理解し、欧米の目線で話し合い
の出来る開けた政治家」だと評価されている。

 さて、今回の朱首相とシュレーダー、それに両国の要人や経済界の会談結果は次の通り。

1. 政治面において、ドイツは現時点においては基本的に中国が主張する台湾を含めた一国主義に異論を挟まない。

2. 安全保障面では、アメリカのNMD構想には距離を置く。したがって中台関係に関わるドイツによる台湾への兵器売り込みも行なわない。

3. 経済面においては、中国のWTO加盟に引き続き尽力する。さらにドイツ・中国間の経済関係促進のために、具対策として以下の2点を実施する。
a)化学コンツエルンBASF社が26億ドル、バイエル社は31億ドル相当を支出し、中国におけるプロジェクトに参画。
b)ドイツではコスト高を懸念し中止になったリニアモーターカーを、上海市と空港を結ぶ42キロ区間に導入することを検討。2003年開通をメドにドイツはその調査費160万マルクを負担する。
 ちなみに昨年のドイツの対中国貿易高は輸入268億マルク(1993年:138億マルク)、輸出136億マルク(1993年:96億マルク)である。

 なお、これらの対中国大型プロジェクト推進をきっかけとして、ドイツは中国に対し以下のような提案を行ない、中国側からの了承を受けた。

1. ドイツのロシアにおける苦い経験、更に日本の対中国投資での失敗を教訓に、その二の舞を踏まないよう、痛い目に遭わないようにと、ドイツ政府は中国政府に対し、ドイツ側の対中国投資に関して保護と保障を求め、その協定文書に調印した。

 この件について今少しその背景をコメントすると、これにはドイツがロシアに対して示した「損失分は取り返す」という毅然とした態度が決め手となっている(つい最近もドイツ側はロシア最大の天然ガス会社・ガスプロ−ムにドイツ人監査役を送り込み、監視に当たらせている)。つまり中国側では、対ロ支援で「ドイツはその損失に対し、どのような措置を行なうか」を観察していたのである。その結果、「ドイツは日本のように弱腰ではなく、泣き寝入りなどしない。一筋縄ではいかない」と判断して、この調印に踏み切ったのだ。

2. ドイツ化学コンツェルンの中国進出では、その後必ず直面するであろう環境問題を予測し、今後両国は「ドイツ・中国環境問題会議」に取り組む。この提案はシュレーダー首相が昨年11月に中国を訪問した際、既に表明していたもので、朱首相も同意した。

 中国はドイツをその方面の先輩としてすでに一目をおいており、この提案に中国は一もにもなく賛意を表明。今後ドイツのノウハウを身につけるために積極的にこれに取り組むという。
 具体的には、来る12月12〜13日の両日、フイッシャー外相を団長とし、環境相、経済共同開発相、学識者が北京入りし、中国側政府高官、学識者(双方で約500人)とともに、自然保護、原子炉安全対策、自然災害対策に関して意見・情報交換を行なうというものである。

 脱原発で一躍世界の注目を浴びたドイツ! こんなところでも、世界の安全保障に貢献しているのだ。

 それにつけても日本の政治は、今だに性凝りもなく派閥政治でもたもたしている。何とも情けない限りである。


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