weekly business SAPIO 2000/6/8号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《米国・ロシアを相手にしたドイツの「気配り外交」に日本も学べ》


日本では6月2日、衆議院が解散された。しかしそれにしてもこの日本の総選挙を控えてのマスコミの騒々しいこと! 何よりも森総理の失言癖、「神の国」やら「国体」発言につけ込んで、まるで鬼の首を取ったといわんばかりのマスコミによる森総理タタキと、それに便乗した野党の選挙がらみの森総理攻撃には眉をひそめたくなる。
 その影響で森総理人気ががた落ちとか。その余りのマスコミ効果に溜飲を下げているのは、何のことはない当のマスコミということか。

 もっともこうした日本のヒステリックな盲目的横並びマスコミ報道姿勢を、当地のドイツ人ジャーナリストは、「この日本の低次元な報道姿勢が、究極的には日本国民の世界に対する無知に拍車を掛けている。それゆえに日本は国際社会において格好の餌食(=カネづる)にされ、国連や国際通貨基金などに多額の拠出金を支払わされている」と評する。
「Weekly business SAPIO」の5月18日号・25日号において、シオラレオネとエチオピア・エリトリア紛争における国連の対応をレポートしたが、これらの国がそれぞれ同国民同士の血で血を争う紛争に巻き込まれ、強大国をはじめ国連加盟国の綿々が国連という機構に寄食してこれを利用し巨利を貪っている実態は、そのまま形をかえれば今の日本の姿に当てはまるというのだ。

 日本はとくに国連の拠出金では上位スポンサーといっていい。その最大のスポンサーが武器こそ手に取らないものの、国を二つに割ってどうでもいいような森総理発言の言葉尻を捕えヒステリックに騒いでいるのを見ると、それに火をつけていい気になっているマスコミの意識の低さ、そして、そのマスコミが毒にも薬にもならない事件を、さも大事件であるかのように悪戯に騒ぎ立て、国民の目を曇らせていることに憤懣やるかたない気分を覚える。

 事実、日本が衆議院解散をきっかけに低次元での政治ドタバタ劇に明け暮れている間に、ここヨーロッパ、というよりドイツでは、アメリカとロシアという煮ても焼いても食えない強大国を前に、またも軍拡に狂奔しかねない両国を牽制するという大仕事を成し遂げている。と同時に、ヨーロッパ外交の必要性と重要性を内外にアピールし、ヨーロッパ=ドイツの頭ごし外交を許さないお膳立をも成功させて見せた。
 その巧妙なヨーロッパ外交、とりわけドイツの気配り外交だが、一体どのような筋書きのもとに進行したのか、先週のドイツの動きの中から再現してみようと思う。

 そもそもその決め手となったのは、6月2日と3日の2日間にベルリンで開催された、21世紀の幕開けを象徴する「中道左派首脳会談」だ。
 その期日に合わせてドイツでは、

1. ちょうどハノーバー万国博の開会式(6月1日)が行なわれるとあって、南アフリカ、チリ、アルゼンチン、ブラジル、オーストラリア、ニュージーランドの首脳を呼び込み、ハノーバー万博開会式出席と兼ねることで、万博盛り上げに効果を上げた。と同時に、強国アメリカとロシアの独走許さずと、その牽制役として、ヨーロッパ諸国だけでなく、他の大陸の国々も協力的でかついつでも結束する容易があると印象づけることに成功した(こうしたドイツの気配り外交で先手を取られたとみたイギリスは、ブレア首相が4子の子育てを理由に欠席している)。

2. ヨーロッパに貢献した人物に贈られる「アーヘン・カール賞」(註:当時ヨーロッパ統一に寄与したカール大帝にちなんだ賞で、1950年創設)に、「ヨーロッパをアメリカの良きパートナーとし、北大西洋条約機構(NATO)を通してコソボ紛争解決に力を貸すなど、積極的にヨーロッパに貢献した」として、クリントン大統領を初のアメリカ大統領受賞者とし、6月2日、カール大帝のかつての拠点アーヘン市でその式典が粛々と挙行された。
 過去にはイギリス元首相ウインストン・チャーチル、アメリカではマーシャルプランで知られるジョージ・マーシャル、アメリカ元国務長官ヘンリー・キッシンジャーなどが受賞した名誉ある賞である。クリントン大統領としても悪い気はしなかったに違いない。一方、ドイツにとっては、クリントン大統領はもっとも重要なお客様である。
 その合間を縫って、シュレーダー首相はクリントン大統領と会談。アメリカの迎撃弾道ミサイル構想(NMD)は「新たな軍拡競争を招く」として、ドイツはヨーロッパ諸国への影響をも配慮(註:これには80年代、旧ソ連が西欧に向けてSS20という中距離核配備、それに対抗して西ドイツでNATOの決議によって、パーシングII型と巡航ミサイルの配備という危険な選択を迫られた苦い経験がある)し、アメリカの提案には応じられないとやんわりとクギを指す立ち回りを演じて見せた。

 しかもこれだけでは充分でないとして、ドイツはEUと結束して用意周到な事前工作をも行なっている。

 一つは先月29日、EU議長国ポルトガルのグテレス首相、欧州委員会プロデイ委員長、更にはEU共通外交・安全保障ソラナ代表が、クリントン大統領の訪ロより一足先にモスクワ入りし、プーチン大統領と会談。対ロシア投資拡大や経済改革支援の強化を約束している。
 事実、ロシア経済はドイツをはじめEUの支援で漸次回復基調にある。

イ) ロシア国家予算を支えている天然ガス輸出の30%はEU向けであり、依然好調である。

ロ) EUによる強い要請で、プーチン大統領就任後のロシア経済には、少しずつだが、金融財政改革、汚職撲滅への取り組みなど、改善が見られるようになった。

 もう一つは、今回のクリントン大統領のヨーロッパ経由ロシア訪問の最初のコースはEU議長国ポルトガルで、あらかじめポルトガル側より先のEU代表によるロシア訪問の仔細と経過をクリントンに耳に入れておくことにした。

 その結果が、モスクワにおける6月4日の9時間に及ぶクリントン大統領とプーチン大統領との会談である。クリントン提案の迎撃弾道ミサイル構想については、プーチン大統領の同意を得られないままに終止した。翌5日には、クリントン大統領は初のロシア議会での演説で、引き続きNMD構想についての必要性を説いていたが。

 しかしそれにしてもこの手の込んだドイツの涙ぐましいまでの気配り外交。これを着々と実行に移し、押しも押されぬ大国として、点を稼いでいることも事実だ。
 それに比べて、日本はどうか。8日には小渕前総理の合同葬が行なわれ、クリントン大統領も参列する。その際、森総理との会談も予定されている。あれだけ森総理たたきに熱を上げた日本のマスコミも、相手がクリントン大統領ではおとなしくしているしかない。そうと解れば答えは簡単である。ここは一つ、パンチの効く威勢のいい森流外交をぜひ発揮して、日本のマスコミをあっといわせてほしいと思う。

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