weekly business SAPIO 2000/5/11号
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クライン孝子 TAKAKO KLEIN
《「体格は合格点」の森首相は主要国歴訪で欧州の「地殻変動」を感じることができたか?》
ロシアをふりだしに7日間にわたってサミット参加7か国を歴訪した森首相。6日の夕方には最後の訪問国アメリカでのクリントン大統領との会談を終えて帰国した。
ハードなスケジュールの上、世界の7つの強国の海千山千でならしている白人首脳相手の初顔合わせだっただけに、緊張の連続だったのではないか。先ずはご苦労様でしたと労いの言葉をお掛けてしておきたい。
さて、この森首相の7か国歴訪だが、連邦プレス庁から入手した森首相とシュレーダー首相との日程表によると、「ドイツ訪問は5月3日。11時45分、ベルリン空港着。出迎えには連邦軍も参列(ドイツの空港では首相を乗せた専用特別機が到着すると、タラップの正面に赤じゅうたんが布かれ、その左右両側にドイツ連邦陸軍兵士が整列し出迎える)。その後、連邦総理府で記念撮影があり、森・シュレーダー首脳会談が始まる」とある。
さっそく連邦総理府に出向いたら、顔見知りの連邦プレス庁の係員とばったり会った。彼女のいうことがいい。「やっとオブチ首相と名前を覚えたとたんに、また新しい首相に代わっちゃって」である。「今回はしかたがないわよ。オブチ首相、病気で倒れたんだもの。でも今度はモリっていう名前だから、そんなに難しくない。すぐ覚えられるわよ」といったら苦笑していた。
国際政治の上で、余り頻繁にころころ首脳の頭がすげ替えられては、通じる話も通じず、現場で働く者にとっては、戸惑うことがよくあるからだ。
ただ、あの森首相の体格はいい。シュレーダーと並んでも決して見劣りしない堂々とした体格。政治と容貌・体格は別物というが、これはあくまでもタテマエであって、ホンネとなると、少なくとも国際政治の場では容貌、体格ともかなり重要な部分を占める。
世界の首脳や要人と会うには、できるだけ体格・容貌がいい方が得で、これが意外にプラス点につながるのである。首脳同士の記念撮影がその何よりもの証拠であろう。
さて、その日独首脳会談後、森首相の記者会見が場所を代えてセットされているということだったが、そこは失敬して、ドイツ外務省の定例記者会見に出席してみた。日独首脳会談の内容について、何かコメントがあるかもしれないと思ったからだが、残念ながら、これに関しては一切触れられなかった。
質疑応答で、ある記者が「今日、英独証券取引所合併がロンドンで公表されるが、これについて何か日独首脳間で話題が出なかったか」という質問を行なったが、広報担当官は「いや、なかった」と短く答えたにすぎない。要するに、ドイツとしてはこの問題に関しては余り深く触れてほしくないということなのだろう。
なぜか。
この日、ロンドンではこの英独証券取引所合併劇とナスダックとの提携が公表されたが、これは表向きにはあくまでも民間サイドの合併劇となっている。だが、その背後には英独両政府と、米国政府の影がちらちら見え隠れしているのだ。
ということは、悪くすると、この英独証券取引所合併劇は、即東京証券取引所の脅威として、日本側の誤解を招き、痛くない腹まで探られることになりかねない。
それでなくても、順調な欧州共同体(EU)の進展と通貨統合による「ユーロ」の進展は、日本にとっては必ずしも安閑としていられるような明るいニュースではない。
事実今回の英(=ロンドン)と独(=フランクフルト)証券取引所合併でスタートする「iX(インターナショナル・エクスチェンジ)」は、世界第1位のニューヨーク証券取引所、2位米店頭株式市場(ナスダック)に次いで、3位東京証券取引所に匹敵する規模となる。そればかりか、これがきっかけとなって、今後ヨーロッパにおける株式市場統合の動きが加速するのは必至で、その結果、ニューヨークに次ぐ世界第2位の証券取引所に飛躍する日もそう遠くないと見込んでいるのだ。
その証拠に、近い将来、この英独証券取引所「iX」には、スペイン(=マドリッド)、イタリア(=ミラノ)の相乗りがほぼ本気まりというし、場合によっては、スイス(=チューリッヒ)、スウェーデン(=ストックホルム)、フィンランド(=ヘルシンキ)をはじめ、東欧諸国の証券取引所も、あたかも数珠繋ぎのように便乗すると予測されている。しかも最終的には、今秋から「ユーロネクスト」としてスタートするため一足先に合併を表明したパリ、ブリュッセル、アムステルダムさえも、この英独グループに合流する可能性が生まれてくる。
ところで、このロンドン・フランクフルト証券取引所合併劇の仕掛け人は、ドイツ証券取引所の社長ザイフアートである。その発端は1998年7月7日、ロンドン・フランクフルト証券取引所の提携プラン発表にさかのぼる。それから約2年の間、まずロンドン・フランクフルトの取引時間を一致させることから初め、その後は着実に両者接近の基礎作りを試み、今回の合併劇に至った。
その手は込み入って用意周到である。
1) 先ずアメリカの機嫌を損なわないよう、警戒感を抱かせないようにナスダックとの提携をも、そのプログラムに組み入れた。
2) オモテ向きは、対等合併といわれるように「持ちつ持たれつ」=「ギブ・アンド・テイク」のバランスを徹底させているものの、その実、イギリス側から横槍が入らないようにと、<a>本部はロンドンに置き、<b>会長にロンドン証券取引所のクルックシャンクを就任させ、<c>両取引所の上場株式をロンドンで取引する配慮を行なっている。
その代わりにフランクフルト側は、<a>社長にフランクフルト証券取引所のザイフアートが就任し、<b>フランクフルトでは世界最大の電子先物市場、欧州金融先物取引を行ない、ある程度、基礎が固まり整備された段階で、<c>ポンドをユーロに切り替え「ユーロ建」に統一するという。
その結果、両者の利害が一致したのである。その両者の利害とは何か。
1) イギリス側としては、「ユーロ」の拠点がフランクフルトになったことで、ロンドンのローカル化に危機感を強めていた昨今、一先ずその危機感から解放されることになった。
2) ロンドン証取の時価総額2兆9550億ドルに対し、フランクフルトは1兆4320億ドル。更に、ロンドン株式人口は60万人と、これはフランクフルトの全人口に相当する。しかもその歴史は200年と旧い。ドイツ側としては、このロンドンと合併することで、フランクフルトが世界的信用、欧州一帯の信用を勝ち取ることをもくろんでいる。つまり、「寄らば大樹」というわけだ。
もっとも、これによって明確に浮き彫りされたことが一つある。
冷戦中に築かれていた「独仏」という密接な関係が、21世紀に入って「英独」という密接な関係に取って代わられようとしていることだ。
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