weekly business SAPIO 2000/2/3号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN


《「ヤミ献金は冷戦の後始末の潤滑油として必要だった」というコール前首相擁護論をどう聞くか》

恐らくイタリア人が聞いたら苦笑するかもしれない。なぜならこのところイタリア並になったとからかわれる国が世界に2つあるからだ。
 1つは23兆円という莫大な赤字国債発行で、イタリアをもしのぐ借金国となる日本。2つは公金汚職で窮地に陥っている保守党(CDU)と社会民主党(SPD)を抱えて清潔政治国を返上しなければならなくなったドイツである。

 しかしそれにしても世間というのはまったく勝手なものである。先ず日本だが、この借金について、今になって党内から反小渕と目される何人かが、小渕批判を行なっている。だが待てよ、ほんの1年前を振り返ってみると、少なくとも当時、私が記憶する限りでは、その自民党内の政治家の間では「財政再建は後回しにしてでも景気を盛り立てること」が大勢を占めていたのではないか。あれから1年経ち、やや景気が上向いてきたと思ったら、1年前のことなどすっかり忘れて、今回の予算にケチをつけては、小渕財政を非難している。誰だって借金なんかしたくない。小渕首相だってこのことは百も承知だと思う。だが借金してでも景気を立て直さないことには、景気はますます冷え込む。だいいち、当時は外圧に遭って、欧米諸国からさんざん「日本よ、景気回復にいっそう努力せよ」とハッパを掛けられていたのである。
 日本の経済が健全だったころなら財政再建と景気回復を1度に解決することも可能だったかもしれないが、バブル崩壊で痛手をうけた直後では、日本経済にそれだけの余裕も馬力もない。そこで小渕内閣は思案の末、「二兎を追う者は一兎をも得ず」になってはいけないと、当面借金してでも、景気回復に全力を尽くすことにしたのだ。それなのに、その辺の事情をタナに上げての近ごろの小渕財政批判には呆れてものがいえない。

 一方ドイツでも、「ベルリンの壁」10周年記念直後までは「ドイツ統一」の英雄だの「ユーロの父」だのと持ち上げられていたコール前首相が、「ヤミ献金疑惑」が発覚して袋叩きにあっている。ただ、コールの場合は小渕首相と違って献金が問題になっており同列に語ることは出来ない。献金は公金であり、公金である以上は、帳簿上で明確にする義務がある(ドイツでは20000マルクを超える献金は公表しなくてはならない)。その義務を怠った上、スイスやリヒテンシュタインに秘密口座を開いて隠していたというのだから、その罪は逃れようがない。

 だが一方では、こうしたコールの行為に対して弁護を試みる人たちもいる。その辺の隠れたウラ事情についてかいつまんで記述しておく。
 つまりこれは「冷戦の落とし子」だったというのだ。コールがこれらの金を私服を肥やすために流用していないということははっきりしている。では、なぜコールはあの献金を、国の法律を破ってまで秘密裡にプールしていたのだろうか。その謎解きをすると、あのヤミ献金は「ドイツ統一」という名目で保管され、そのために使う必要のある公金だったというのである。

 これを理解する上で、ドイツが冷戦の最前線にあったこと、しかもその最前線で戦うことになったのがよりにもよって東西に分断されたドイツ人同士であったことを考えて欲しい。その戦いはいかに熾烈な戦いであったことか。同じ第2次世界大戦で敗戦国になったとはいえ、幸いなことにその憂き目に遭わずに済んだ日本人には想像できないことだろう。
「ベルリンの壁」崩壊は、その冷戦の終焉を意味するものであった。コールはその時点から夜も昼もなくまるで人間機関車のように、1年以内の「ドイツ統一」実現を目指して東奔西走する。それには先ず第2次世界大戦の勝利国であり、ドイツ占領国である米ソ英仏の同意を得なければならない。そのための血の滲むような交渉! それにもまして難関だったのは、ドイツ統一達成後の占領軍処理だった。なぜなら「ドイツ統一」達成後も、旧東ドイツに約38万人もの旧ソ連兵、西ドイツには米英仏などから連合兵約38万人が駐屯していたからで、しかも彼らはそれぞれ生物兵器、核兵器などの最新兵器をドイツ国内に持ち込んでいたのだ。これらを一滴の血をも流さずして撤去するには、どうすべきか。その先頭に立ってあらゆる外交術を駆使し、撤退を渋る海千山千のこれら政治家を手なずけて成功に導いたのが、実はコールだったのだ。
 ゴルバチョフ失脚後、「共産主義よ、もう一度」と巻き返しを図るソ連内の共産主義者を一掃するためにエリツインを担ぎ上げ、「サウナで裸になって話し合う仲」にまでなって、ロシア民主化促進に手を貸したのも、そうすることでロシアの脅威を少しでも取り除こうとしたからだ。つまり世界史的に見れば、コールは「冷戦」の後始末のために、アメリカに代わって奔走していたのである。その潤滑剤として何が必要だったか。いわずとしれた金である。もっともこうした行動は秘密裡にことを運ばなければならない。いちいち議会で承認を取るわけにはいかない−−というわけだ。

 真実はともかくとして、このエリツイン支援−−例えばエリツインが大統領候補として立つための選挙資金−−に、コールからエリツイン大統領宛に金が流れたらしいことは、私もその筋のジャーナリストから耳にしたことがある。とすれば、結果はどうであれ、コールはロシア民主化のために一役買ったことになる。

 それはさておき、話を冒頭の景気に戻すと、日本と同様ここドイツの景気も、ありがたいことに上向き傾向にある。その要因だが、

1) 昨今のアメリカの株高にひきずられ、今年明けの平均株価は戦後初の7000台に達した。

2) 「ユーロ」は相変わらず弱く、1ドル割れした「ユーロ」を懸念する向きもないではない。だが逆に「弱いユーロ」がドイツ輸出産業に活気をもたらし、とくに中・東欧諸国向け自動車輸出が好調となっている。

 お陰で、1月中旬にドイツ政府が発表した「2000年年間経済レポート」によると、今年のドイツの経済成長率は+2・5%(前年+1・4%)、インフレ率は+1・0〜1・5%(前年+0・9%)、失業率も10・0%(前年10・5%)、失業者390万人(前年400万人)と明るい見通しを立てている。
 これもシュレーダー新政権のもと、企業優先の前向き「税制改革」が功を奏し、これが引き金となって国内はもちろん海外の経済界からも歓迎のVサインが出され、国内投資が活発化し始めたからである。

 その一方で、「一難去ってまた一難」というか、政治面ではいまいち順風万帆といかないようだ。コール前首相の「ヤミ献金惑」を機に、相対的にシュレーダー政権、ひいては与党社会民主党(SPD)の株が上がると有頂天になったのも束の間、今はよりにもよって社会民主党出身の連邦大統領ヨハネス・ラウに「ただ乗り疑惑」が発生し、シュレーダー政権をやきもきさせいるのだ。

 ドイツでは公金に関して、特に国民の目が厳しいことは周知の事実だ。先の『weekly business SAPIO』1/27号で報告した通りである。
 ラウ大統領の「ただ乗り疑惑」もその例にもれず。そもそもこの事件というのは、彼がノルトライン・ウェストファーレン州の州首相にあったとき、約10年間にわたって合計47回、チャーター機を利用し、その費用を州立銀行(ウェストドイチェ・ランデスバンク)に肩代わりさせていたというもの。
 問題点は2つある。
 1つは、この中に家族の休暇に利用した疑惑が浮上していること。このチャーター機はPJC社という民間チャーター機会社のモノで、同州州立銀行の委託を受けて約15年間にわたって州政府要人(社会民主党員)に提供してきたものだが、1回のチャーター使用料は平均25000マルクという高額なもの。国民、特に社会民主党を押す労働者にとっては「社会民主党の分際で、自分たちの税金をプライベートに使って」という強い不満がある。
 2つは、社会民主党とラウ大統領は「これらは全て公用だった」としていること。目下、弁護士を通してそのアリバイに躍起になっているが、もしチャーター機を私用で利用していたことが発覚すれば、ラウ大統領は疑惑浮上直後の昨年12月10日に国営第一放送のテレビを通じて「自分は一度も私用でチャーター機を利用したことはない」と弁明しているだけに、連邦大統領というドイツの最高職にありながら、ウソをついたことになる。

 しかもこの「チャーター機ただ乗り事件」で、ラウ大統領と懇意だった州蔵相が、今年1月23日、既に辞任に追い込まれている。チャーター機使用の内、少なくとも2度、愛人との休暇目的で使用していたのだが、最初にそのことを否認しながら、その後正確なアリバイ証明を突きつけられて、ついに「ウソの証言」をしたとして陳謝する事態に至ったからである。
 こうした事件は、過去、コールのライバルだった州首相シュペートが、たった一度、メルセデス・ベンツ社(現ダイムラー・クライスラー社)の招待で家族と共に南米旅行に出掛けたのがもとで辞任に追い込まれたケース(1991年1月13日)などがある。
 というわけで、ラウ大統領もこの事件の結果しだいでは辞任に追い込まれかねない。今やシュレーダー政権とラウ大統領、針のむしろに座っているも同然の心境にあるのだ。


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