weekly business SAPIO 2000/2/17号
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                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《かつてKGBスパイとして暗躍したプーチンの「計算され尽くした」言動》


 このところドイツ平均株価が上がりっぱなしで、バブルの心配さえ出てきている。
 ちなみにドイツの平均株価が、初めて7000マルク台をオーバーしたのは先月1月28日(金)で7066.60マルク。その後、週明け1月31日(月)に6835.60マルクと一端下落したものの、再び買い戻されて、2月1日(火)に7050.46マルク、2日(水)7171.95、3日(木)7354.26、4日(金)7444.64、さらに7日(月)7296.32、そして2月10日(木)には7709.27マルク、とドイツ平均株価最高値をつけ、今週明け2月14日(月)は7620.86マルクで終わっている。
 日経平均株価が2年半ぶりに2万円台を回復したのは2月9日だから、その翌日ドイツは戦後史上最高値をつけたことになる。

 12年前の1988年7月1日、わずか1163.52マルクだったドイツの平均株価は、その後93年10月8日に2005.01、97年1月17日に3001.37、97年7月8日に4006.40、同年3月20日に5001.50、98年7月17日に6147.87と順調に上がり続け、とうとう今年2月に7000台を
突破してしまったのである。
 1998年9月28日に、社民党と緑の党の連立によるシュレーダー政権が誕生した際には、すわっ左寄りかと危ぶまれ、経済後退=株価下落もやむを得ないと悲観的だったというのに、今やそんな心配は何のその。逆に株価の上がり過ぎを牽制する声さえ聞かれるほどだ。

 しかしそれにしてもなぜ、今ドイツ株なのか、その理由を以下に挙げる。

1. 英国におけるブレアー労働党政権の脱イデオロギーに倣って、ドイツのシュレーダー社民・緑の党政権も、中道への道を探り始めた。

2. かつて脱NATOの先鋒にあった緑の党のフイッシャー外相が、コソボ紛争において反ユーゴ=ミロセビッチ打倒のため米英をしのぐエネルギッシュな活躍ぶりとその手並みを世界に見せつけた。

3. 21世紀直前に首都をベルリンに移転し、いよいよ大国としての風格が整ってきた。

4. 将来のトルコ加盟をも視野にいれたEU拡大にドイツ、とりわけフイッシャー外相が奔走し、中・東欧諸国開発に大きな期待が持たれている。

5. ドイツの主導で通貨統合が達成され、1999年1月1日からドイツ・フランクフルトを拠点として「ユーロ」が実施されることになった。

 というわけで、ドイツの実力のほどが内外(EUやNATOはもちろんのことアメリカやロシア、中国でさえも)から、高く評価され、ドイツの全信頼につながった。
 その上、

6. 懸案だった減税規模442億マルクの税制改革をはじめ、とりわけ企業優先税制がアイヘル蔵相の下でようやく一区切りついた。
 例えば現行の最高法人税率40%(全利益を会社が保有した場合の税率)と最低税率30%(利益を株主に配当した場合の税率)を2001年より一本化して一律税率25%とした上、これまで企業がすでに納税した分=730万マルクを払い戻すことにした(註:労働組合を票田にしている社民党シュレーダー政権がこのような企業優先税制改革を実施した背景には、高額税率で国外への会社移転が後を絶たないこと、そのため失業率は一向に下がらず、現在も2年を超える長期失業者を350万人も抱えていることが挙げられる)。

7. 一方で、機関投資家はもとより一般投資家(=小金を貯め込んでいる年金取得者や一般市民)が株への投資熱を高めている(註:このためマスコミなどが、一般投資家に対しバブルで火傷しないようにと、しきりに注意を喚起している)。

 いずれにしても、以上のような前向きのドイツ政治・経済事情が今回のドイツ平均株価の上昇に繋がっていることは間違いない。

 ただ、良好な景気に浮かれてばかりもいられない。というのも、今、私たちが最も注意する必要があるロシアの動きが活発化し始めたからだ。
 年末に突如大統領辞任を発表したエリツインに代わり次期大統領に並々ならぬ意欲を見せているプーチン大統領代行は、さすがにかつてKGBスパイとして暗躍しただけあって、その行動は実に用意周到であり、計算され尽くされている(と当地ではみて
いる)。
 チェチェン紛争を一刻も早く終結させようと、プーチン大統領代行就任後、真っ先にモスクワ入りしたドイツのフイッシャー外相を始め、フランス、EU、イギリス、さらにアメリカのオルブライト国務長官らと次々と初顔合わせを終えたプーチンは、早速二股外交を実施し、その狡猾な手腕を世界に公開している。

 1つは極東外交である。プーチンは2/9、10の両日、イワノフ外相を北朝鮮に送り、北朝鮮の白外相と会談させた上で「友好善隣協力条約」調印にこぎつけている。
 その後日本を訪れ、河野外相と4時間にわたって会談したといわれているが、肝心のプーチンの訪日日程や北方領土問題は棚上げされたまま。2月11日付読売新聞インターネット記事によると「河野外相は11日のイワノフ外相との会談で、ロシアの非核化と軍縮支援策として、原子力潜水艦の解体処理の1億2000万ドル、旧ソ連時代の軍縮関係科学者の受け皿として設立された国際科学技術センター(モスクワ)に2000万ドルを拠出する方針を表明した。日本は対露非核化支援として93年に約1億ドルを拠出しているが、原子力潜水艦解体目的の支援は初めて」というふうに、プーチンはまず日本がもっとも苦手とする北朝鮮訪問を先に済ませることで、日本にプレッシャーをかけ、結局全く何の具体的な保障のないまま、原潜解体処理という名目で日本からカネを巻き上げることに成功した。

 その一方、西側外交では、プーチンはイワノフ外相訪日と同じ日を設定して、ロシア第一副首相兼蔵相カシヤノフをベルリンへ送り込んでいる。そして最初に、シュレーダー首相とアイヘル蔵相とに会うと、「ドイツのよしみでロシアの窮状に手を貸してくれるよう」に懇願し、企業誘致を行なっている。その足でカシヤノフは早くも同日夜にフランクフルト入りし、先進各国の銀行団であるロンドンクラブと9時間におよぶ会談をこなした。その交渉の末、以下の提案が成された。

1. 旧ソ連の民間向け債務318億ドルに対し、元本の削減を含む返済の減免。

2. 総額の33%にあたる105億ドル分を帳消しにした上、新たに発行する30年もの国債に振り替えて返済を繰り延べにする。

3. 残額212億ドルの新起債はロシア政府発行のユーロ債とし、有効機関30年とする。利子は最初2.25〜5%とし、段階的に上げて最後は7.5%とする。

 西側はこうしたロシアの要求を否応なく呑まされた形になってしまったが、これに対して、ロシアは何一つ具体的な経済改革案を西側に示していない。
「『ドロボウに追い銭』とはまさにこのことをいう」とある銀行筋では嘆息しながら語っている。

 もっとも欧米諸国にはそれぞれ各国とも諜報機関を備えているので、ロシアが言い抜けしたりごまかそうとした場合、必ず摘発するだけの能力がある。
 ところが日本はどうか。そういう機関がないからチェックのしようがない。おそらく今回の原潜解体処理費も名目にすぎず、ロシアにネコババされて良いように使われてしまうのではないか。この「処理費」とて、日本国民が汗を流して稼いだ税金である。政府はロシア側にそのことをよく説明し、少なくともこの原潜解体処理現場に日本の解体処理者を送り込むことを強くすすめたい。

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