weekly business SAPIO 2000/2/10号
□■□■□■□ デジタル時代の「情報参謀」 ■weekly business SAPIO □■□■□■□
                                      クライン孝子 TAKAKO KLEIN
                                             

《オーストリア新政権を担う自由党に貼られた「極右」「ナチス」のレッテルは真実か?》

まず初めに、全国初の女性知事に当選された太田房江氏に心からのお喜びを申し上げます。大変責任の重いお仕事でしょうが、ぜひ今後の女性知事の草分けとして、肩肘を張らずにリラックスしながら、一方で恐らく今後マスコミなどが、女性だからといろいろとネタの材料にして足を引っ張ることもあろうが、それにめげず、強いリーダーシップを発揮していただきたい。
 話は少しさかのぼるが、昨年のケルン・サミットの第1日目、日本側の記者会見で、ある女性記者(たぶんアメリカ人だったと思うが)が、「サミットのテーマと外れるが」と断ったうえで、こう質問した。「日本の政治にはなぜ女性議員の参加が少ないのか」。解答者側の外務省広報担当官が「この件に関して、ご質問のあったことを上部に報告します」と苦しい弁解をしていたのを私は目撃している。
 これを機会に、今後日本でも、次々と優れた女性政治家に登場してほしいものである。

 さて、ここからは本題に入る。
 先週から今週にかけて、ヨーロッパでは大きなニュースが3つあった。

 1つは先週3日に発表された欧州中央銀行の利上げ発表。当日午後2時30分、欧州中央銀行内で記者会見があり、ドイゼンベルグ総裁を通じ、正式に3・25%の利上げが公表された。
 2つは、ボーダフォン・エアタッチとマンネスマンの合併。昨年12月、英携帯電話大手のボータフオン・エアタッチが、独通信・機械大手のマンネスマンに殴り込みを掛け、敵対的買収提案を行なったのは周知の事実。その後約2か月にわたる両社の熾烈な取る、取られまいとする合戦の末、最終的には両社話し合いの結果、「友好的合併」に踏み切ることが決まった。
 さて最後の3つ目は、オーストリアにおける、これまでと毛色の違った変わった新政権誕生ニュースである。すでに日本のマスコミでも大々的に取り上げられたこのニュース、今回はその背景を探ってみようと思う。

 オーストリアは、人口が東京都より少なくわずか約800万人。ドイツと比較すると人口は10分の1である。当然国会のスケールも小さく、議員は全部で183人。内訳は、最大政党の社民党(=革新政党)が65人、次いで国民党(=保守政党)と自由党(=保守右寄り政党)がそれぞれ52人。最後に緑の党(=革新政党)14人が加わる。
 そのオーストリア国会で、今回、第2党である国民党と、問題のハイダー党首率いる第3党「自由党」が政権に就くことになり、これが世界中に波紋を投げ掛けているのだ。

 なぜ第1党である社民党をさしおいて、こうした政権が樹立することになったのであろうか。その最大の理由は、長すぎた社民党政権(社民党単独政権30年+社民党・国民党大連立政権13年)にある。余りにも長い政権ゆえに、社民党は独善的、且つ目に余る横暴なふるまいが目立つようになり、国民が社民党に見切りをつけたのである。
 国民の社民党離れの要因としては、「社民党政権下で公職に就くには社民党党員でなければならぬ」との慣習が常道化していたことなどが挙げられる。これに対し、ハイダー率いる自民党は、早速その慣例廃止に腐心している。それがにより、オーストリア国民の自民党人気は一段と高まるだろう。

 ではその自民党が「極右」という烙印を押されることになったのはなぜか。
 今回、ハイダー自由党党首自ら、ドイツの民放テレビ局・NTVの招きに応じて、テレビ出演し、その誤解を解いている(2月6日夜9時30分から11時まで1時間半にわたって放映したトークショー『ベルリンでのトーク』)。
 それによると、

1. 党首ヨルク・ハイダー氏は、かつてナチスを賛美したり、強制絶滅収容所を評価する発言を行なっている。
 これについてハイダーは、「いずれもすでに謝罪済みである」と語っている。
 それなのに、なぜか「ハイダー=極右」というイメージが一人歩きし、あげくの果てに「ハイダー=ヒトラー」という図式が流布されてしまった。
 念のために触れておくと、オーストリアでは社民党の大物政治家にでさえ、ナチス賛美の発言がしばしば見られる。ところが不思議なことに。誰もこの発言には注意を向けようとしないないし、非難しようとしない。

2. ハイダーの発言にはナショナリスト的色彩が強すぎる。
 これに対しは、「EU一体化促進には反対ではないが」と断った上で、「だからといってヨーロッパ化を急ぎすぎ、本来のオーストリア人−−歴史,文化,言語−−としてのアイデンテイテイを失ってはならぬ」と主張する。

3. ハイダーには人を引きつける強烈なパーソタリテイがあり、この個性が、逆にヒトラーと重ね合わされ、「ハイダー=ナチズムやフアシスムの権化」として、誤解を受けることになった。
 テレビの番組でも、ハイダー党首の忌憚のない発言を聞いたユダヤ人作家ヨルダーノ氏(ドイツの言論界やユダヤ人に多大な影響を与える人物)は、「ハイダー氏は、マスコミで報じられるような極右人物でもナショナリストでもない。愛される坊やといっていい」と発言している。

4. 難民・移民政策で、無制限に難民や移民をいれるのには反対を唱えるハイダーは、例えば出稼ぎ労働者には特別証明書の発行を義務づけるべきだと主張する。これが、戦前のユダヤ人旅券(「J」とスタンプを押す)を連想し、ユダヤ人の怒りを買うもとになった。

 この4番目の点が、ドイツやオーストリアが英国などとは異なるところである。英国では今秋から、留学を装った不法滞在者取締りのために、入国保証金制度を実施する。あらかじめ、1人当たり5000ポンド(約87万円)を滞在手付金として徴収し、入国ビザ期限までに出国しない者に対しては、保証金を没収するというものだ。
 もしこうした制度がドイツやオーストリアで導入されたらどうなるか。たちまち、ナチス亡霊の再現と結び付けられ、世界中から袋叩きに遭うに違いない。

 一方で、ユダヤ人の立場に立てば、その心情は充分分かる。
 歴史的に見ると、その昔頻繁にユダヤ人が迫害を受けた地は、中・東欧諸国を支配していたオーストリアの祖「ハブスブルグ家」だった。しかもオーストリアは第2次世界大戦でも、ドイツと共に、ユダヤ人絶滅の先頭に立っている。
 ユダヤ人にしてみれば、「今回もまたそのオーストリアが震源地となって、たちまち反ユダヤ的ナチスの火が、ヨーロッパ中に拡大するのではないか。一刻も早く、その根を絶ち、消火してしまわないことには取り返しのつかないことになってしまう。
1930年代のドイツとオーストリアにおけるナチス台頭が正にそうだったではないか」と考えるのだろう。それも無理はない。

 因みに、今回のこの「オーストリア騒動」で、もっとも大人気ない行動をとったのがEUである。真相をつきとめないうちから、一時は、EU14カ国でオーストリアに経済制裁を仕掛け、孤立化を図ろうとしたのだ。
 見方を変え、「このような騒ぎになったからこそ、オーストリアもその事態を重く受け止め、慎重な行動を迫られることになった」という人もいるのだが。

 そういう意味では、オーストリア政権発足に際して「情報収集を重ねたが、民主的なプロセスに反する事実は出てこなかった」と指摘して、当面EUなどとは一線を画すにとどめた日本政府の措置は正解だったと思う。

--------------------------------------------------------------------------
発行 小学館
Copyright(C), 2000 Shogakukan.
All rights reserved.
weekly business SAPIO に掲載された記事を許可なく転載することを禁じます。
------------------------------------------------- weekly business SAPIO --

戻る