クライン孝子の辛口コラム
ドイツからの警鐘 Vol.54
   
  「あるべき日本の「原風景」を啓示 」  
−待望の皇室男子ご誕生に寄せて- 


 (産経新聞  2006年9月18日「正論」より転載)
  

 ≪海外メディアも大見出し≫

 9月6日午前8時27分、秋篠宮妃紀子さまは待望の第3子を無事出産された。何しろ41年ぶりの男子皇族ご誕生である。日本各地が喜びに包まれたのはいうまでもない。

 吉報はまた、直ちに世界を駆け巡り、久々の明るいニュースとして各国に話題を提供している。当地ドイツでも、高級紙フランクフルター・アルゲマイネが、ほぼ1ページを割き「KIKOは日本に皇位継承者贈る」と大見出しで報じたほどだ。

 公共放送の第2ドイツテレビ(ZDF)は、毎週火曜日に世界の王室特集をシリーズで放映しているが、第1回のスウェーデンに次いで、2回目はあたかも秋篠宮妃のご出産に合わせたかのように前日5日は、日本の皇室を取り上げ放映していた。

 伝統を重んじ大切にするドイツ国民のこと、日本の皇室への好意と深い敬意が読み取れた。そういえば、秋篠宮ご夫妻は、年初にそろってコウノトリのお歌を披露されたという。その願いが伝わったのではないか、そう書き記した新聞もあったほどである。

 ご懐妊の報がもたらされたころは、時あたかも女性・女系天皇容認の是非を巡る皇室典範改正問題で、国論を二分する緊迫した状況にあった。

 産経新聞によると、今年2月に紀子さまの懐妊報告を聞かれた皇后さまは、「陛下が心を痛められているのを見て秋篠宮が決心してくれた。(紀子さまは)けなげだわ」と宮内庁関係者に話されたという(9月7日付)。この間の天皇ご一家の苦悩はいかばかりだったか。

 ≪紀子さまが道しるべ役に≫

 もっとも、今回の紀子さまのご出産というおめでたいニュースは、ただ単に「皇位継承の希望の星」という一面のみならず、一歩距離をおいて別の角度から見ると、皇室は今日の日本に対し、ある啓示を与えることになった。はからずも今回、紀子さまは、その道しるべ役を担われた。そんな気がしてならない。

 その道しるべとは何か。ひとつは家族の絆(きずな)、家庭のあり方についてである。

 とりわけ最近、日本では子殺し・親殺しが世間を騒がせ、深刻な家族崩壊が問題になっている。ジェンダーフリーといった誤った性差否定の考えが幅を利かせ、従来の家族観を希薄にしつつある。

 そのような風潮のなか、そこはかとなく流れるいたわりと気配りによる夫婦愛、親子愛、嫁と舅姑の関係を、女性として、妻として、母として、嫁として、本来あるべき家族の姿を再認識させようとしている。

 自己を犠牲にしてでもなすべきことが時にある。そのことをもまた、国民に知らしめたようにも思う。権利をかさに自己主張にのみ終始し、やすきに流れがちな世相への警鐘ともなったのではないか。

 高齢出産の困難に挑まれた果断な勇気がそうで、宮内庁病院の検診で、胎盤の一部が子宮口にかかる「部分前置胎盤」と診断され、皇族として初めて帝王切開に臨まれた。それは同時に、このような大事な日にもかかわらず、いや、だからこそ公務に専念され、北海道においでになった天皇・皇后両陛下のお姿とも重なりあうのだ。

 ≪失われた価値の再認識も≫

 秋篠宮ご夫妻は手術に先立ち、「国民の役に立つことであれば」と、臍帯(さいたい)血の提供を申し出られていた。皇族という立場を超え、1人の人間として、何がしか社会のために役立ちたいというお考えからという。ここ数年、日本では拝金主義がはびこり、金もうけに手段なし、自分がよければ他人はどうでもいい、という風潮がまかり通っている。その対極にあるお姿である。

 仕事上のキャリアを優先して仕事に没頭するあまり、子供はつくらない、つくっても1人でいい−という女性たちが増えている。日本の少子化は民族消滅にも通じかねない危機的状況にある。そのなかで3人目のお子さまをもうけられたことは、こうした風潮への大きなインパクトとなったのではないか。

 ドイツでも少子化問題は頭痛のタネだ。家族問題担当大臣に、7人の子と医師資格を持つキャリア女性を選出し取り組んでいる。子供を産み、手塩にかけ育てる喜びと楽しみ。これこそ日本の未来に対する方向づけと言わずして何と言おうか。

 紀子さまのご出産で、「経済効果は1500億円」などとはやす経済学者もいる。だが、そんなそろばん勘定はともかく、今こそ、私たち戦後の日本人が見失い、忘れ去ってきた本来の原風景に思いをはせるときではないか。今回のご慶事を、皇室の国民に対する静かなる啓示と受け止め、思いを新たにしたい。



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