クライン孝子の辛口コラム
ドイツからの警鐘 Vol.49
   
 肝心な問題から目をそらす国会論戦   
-国益を念頭になぜ議論できぬか-


 (産経新聞  2005年2月17日「正論」より転載)
  
≪ドイツも実は米国に協力≫

保革大合同によるドイツのメルケル新政権樹立まもないころ、同国内を揺るがす一つの事実が明るみに出た。

イラク戦争に反対だったドイツが、実は開戦と同時に米国に協力していたという事実である。
民間機を装った米CIA(中央情報局)所属の飛行機が、秘密収容所に容疑者輸送のため、ドイツ国内の空港を数百回も利用するのを黙認したほか、CIAとドイツ連邦情報庁(BND)の共同で、ドイツ国防軍から工作員を選抜、バグダッドに派遣して、諜報活動に当たらせていたというのである。

早速野党は、シュレーダー前政権のイラク戦争反対の声明と矛盾するではないかといきりたち、直ちに調査委員会に掛けて真相究明に当たるといきまいた。

だが、最終的には事件の解明は先送りされた。
与野党ともに、現時点で事を荒立てるのは国益を損ねかねないと「大人の裁断」を下したのである。国民の多くもこの措置を賢明だとして措置を歓迎した。

なぜか。

かつてドイツは無血で、分断国家の悲劇のシンボル「ベルリンの壁」を撤廃、ドイツ再統一を達成して見せた。
ドイツ国民はその成果を、米ソ対立による冷戦のハザマでの両国の巧みな情報活動の賜物とし、いかに情報戦が重要であるか、骨の髄まで刻み込んできたからだ。

一方日本はどうか。

年明け早々、日本にとって誠に嘆かわしく、由々しい事件が相次いだ。
一つは、ヤマハ発動機が軍事転用可能な高性能無人ヘリコプターを中国に不正輸出し、外為法違反容疑事件で摘発された事件だ。
相手には人民解放軍傘下の兵器メーカー「保利科技有限公司」(ポリテク社)も含まれている。
しかも、中国側から事実上の工作資金として毎年三千万−五千万円の工作資金が流れていたことも判明、日本の大手メーカーが中国の対日工作に協力するという信じがたい事実が浮き彫りになた。

もう一つは、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の「在日本朝鮮人科学技術協会(科協)」に陸上自衛隊の最新型地対空ミサイルシステムの機密資料が流れていた事件が明らかになり、さらには、大手精密機器メーカー「ミツトヨ」による中国やタイ、北朝鮮への核関連機器の不正輸出も明るみに出た。

≪なぜ目もくれぬ安保問題≫


ところが何ということだろう。日本ではこの国家安全の根幹に関わる重大問題には目もくれないで昨年より持ち越された耐震強度偽装問題、年明けとともに急浮上したライブドア、米国産牛肉再禁輸、防衛施設庁談合事件を焦点に、まるで天地がひっくり返らんばかりの大騒ぎをしていることだ。

私など、当地ドイツ、とりわけ国会におけるこの空虚な討論風景を垣間見て、一体日本国は二十一世紀を生き抜くことができるのだろうか、もしかすると亡国の運命をたどるのではないかと、心配になったほどだ。

事実かの日本ドタバタ劇から一歩距離をおいて国際社会に目を転じると、このところイランの核兵器開発疑惑を巡って、米英仏露中の国連常任理事国
にドイツを加えた六か国が水面下で熾烈な駆け引きとつばぜり合いを展開
しているのが見えてくる。
そのイランの核疑惑の背景には、一九七九年のイラン革命後、反米一色に転じたイランに急接近していった北朝鮮という存在を見逃せない。

≪情報収集に甘すぎる日本≫

最近、米国は、マカオにある北朝鮮関連口座を持つ銀行を「資金洗浄の懸念がある」として米金融股間との取引を禁止した。
北の外貨調達を封じる事実上の金融制裁といえる。

金正日総書記はその後、急ぎ訪中したが、中国側に米国との仲介を求めるためだったとされ、それほどダメージは深刻であったことをうかがわせる。

これら一連の国際社会での動きは、日本の能天気な日本の現状とも微妙に重なり合う。
実は日本は自らが知らぬ間に米中の情報戦争に巻き込まれており、
その渦中で、一種の代理戦争を国内で演じさせられているのではないか。そんな気すらしてくる。

日本の軍備は予算ベースでも近代化レベルでも世界有数の位置にあり、アジアではトップクラスと聞く。

それなのにこと情報戦の世界では攻撃守備両面ともに他国に大きく後れをとっている。
まるで、目隠し状態でジャングルを進むような暗然たる状況にある。

何とかならないものだろうか。いや、即刻何とか対策を講じなければ、この国の未来は無いものと断言していい。

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