クライン孝子の辛口コラム
ドイツからの警鐘 Vol.40
   
日本もドイツ流人材育成を見習う時に

−教育の観点から兵役義務を考える

 (産経新聞  2004年10月16日「正論」より転載)
  

≪韓国の忌避事件に潜む現実≫


「プロ野球界、芸能界では兵役を免れようと不正を働き、ブローカーにお金を渡して
いたことが明るみ出て、大きな波紋を呼んでいる。
その不正方法は身体検査を受ける前に尿道に薬物を投入し、腎臓疾患があるかのように見せかける巧妙なもので、兵役を逃れた彼らが同僚にブローカーを紹介する形で拡散。 この不正発覚では、芋づる式に捜査が広がっている」。

どこの国の話かと思ったら、何とお隣の韓国における兵役忌避不正事件だった。
韓国に兵役制度があるのを知ったのは2年前、あるドイツ留学韓国学生からだった。
「兵役義務の期間は平均2年半くらいで、19歳から課せられる。あれは辛い。二度とやりたくない。
なぜなら上官がここぞとばかりしごくから。もっとも今になって振り返ってみると、あの厳しい訓練、いい人生体験になった」と。


私はこの話を聞いて、一瞬日本は負けたなと思った。兵役任務に就くか就かないかで、その体力と精神力において格段の差があるとは、息子の兵役体験で既に証明済みだからだ。ドイツも基本法十二条aおよび兵役義務法により、男子は18歳になるとこの義務を遂行しなければならない。

もっとも韓国と異なり、兵役を拒否する者には兵役代替役務として民間役務=(奉仕活動に準じる老人ホームや福祉団体など公共の社会福祉領域)の選択が許されている。期間は兵役・民間奉仕共に9ヶ月。国から毎月250〜400ユーロ報酬として受けとるから無料奉仕ではない。このドイツの兵役だが、冷戦たけなわのころは、韓国と同様、兵役のみで、期間も二年を超える長期にわたっていた。だがその後徐々に緩和され、息子が空軍の衛生看護兵として兵役に就いた1994年は兵役12ヶ月、民間奉仕13カ月に短縮された。「ベルリンの壁」崩壊後、統一達成を機に、東西ドイ ツの国境に張り付いていた全ソ連兵38万人が撤退し、一気に東西の緊迫が解消に向ったからだ。最近は東欧諸国の北大西洋条約機構や欧州連合加盟が相次ぎ、緊迫ムードはさらに遠のく傾向にある。そのせいか、ドイツ連邦議会では、ときどき兵役義務の是非を巡って活発な討論が展開される。ところが、最終的には、なぜか存続論が大勢を占めてしまうのである。


≪訓練で成長する若者たち≫

理由はほかでもない。ドイツ国民の多くがこの兵役制度を支持しているからだ。とくに平和時だからこそ必要と説く。「油断大敵」というわけである。そもそもドイツに おける兵役とは、「共同体における国防意識を通して、規律と責務、論理的かつ戦略思考、肉体および精神力の鍛錬」にあり、日本で想起する軍国主義のシンボル「強制苦役」と全く質が違う。ドイツにとって兵役とは将来国を担う若者に対する貴重な人材育成および訓練であり、それゆえ重要な国家行事の一つと捉えられているからだ。

息子の場合も、炎天下での長距離行進訓練では二十キロのリュックを背負い、途中仲間が倒れると、互いに励まし助け合って目的地に到達するなど、「カメラード」と呼ばれる強い仲間意識を体験している。結果、兵役義務終了後、息子は心身共に見違えるほど強健な青年に成長していた。


≪机上論的平和教育の弊害≫

 それに比べて、日本の青年はどうなのだろう。巷聞するところ、アテネオリンピックや自然科学部門で、優れた業績を残す若者たちの目覚しい活躍ぶりが伝えられる一方、昨今、国籍不明と誤解されかねない、仕事にも勉強にも訓練にも興味を示さない

“ニート”と呼ばれる「若年無業者」や定職に就かないでアルバイトで生活する「フ リーター」が急速に増え続ける傾向にあるという。景気低速で若年層の失業率が高止まりしているというから、そのせいもあろう。だが、それだけではない。原因は他にあると私は思っている。日本は第二次世界大戦敗戦後、現在に至るまで平和憲法のもと、面々と行われてきた偏よった机上論的平和教育によって、国サイドによる国とその国防の本質を捉える若者教育をなおざりにしてきた。それゆえ多くの青年たちは一度家庭というサークルから自分を切り離して、国=社会という観点に立って、真摯に人生や生き方を見直す機会を与えられてこなかった。

 韓国に見られる「しごき」訓練で、兵役逃れにカネやコネ工作に奔走する行き過ぎ兵役は、決してあってはならない。だが例えばドイツ流の兵役+奉仕活動に見られる若者育成のための国家事業としての兵役というのはどうだろう。制度としてあっていいのではなかろうか。日本もそろそろ兵役導入に関し真剣に考察する時期にきている、そんな気がしてならないからである。

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