クライン孝子の辛口コラム
ドイツからの警鐘 Vol.17
  日本は対北朝鮮交渉に本領発揮せよ
-「拉致カード」に「核カード」で鬼に金棒-

 (産経新聞 「正論」 10月25日掲載より転載)  

(受身から強気に転じる好機)
 十月四日にケリー国務次官補が平壌で北朝鮮高官と会談した際、証拠を示しながら核兵器のための濃縮ウラン開発を進めている事実を指摘した所、同日午後、北朝鮮側は、ようやく核開発計画の存在を認めた。この事実が十七日公表されるや、世界中からいっせいに北朝鮮に非難の矢が向けられている。とりわけ核に神経質で、核エネルギーでさえ廃止の方向にあるドイツでは直ちに在独北朝鮮大使を聴聞し、事実関係の説明を求め、国交関係断絶をもしかねない強い姿勢で対処しようとしている。ちなみに「聴聞」は、国交のある在外公館関係者に対する最も厳しい処置である。
 「貧すれば鈍する」とはこのことか。極東のならず者国家北朝鮮は、その国家存続の寿命を縮めてしまったようだ。半世紀にわたって君臨してきた金日成―金正日独裁体制崩壊も秒読みに入ったということか。一九八九年「ベルリンの壁」崩壊を機にあっけなく消滅した東ドイツ体制の末期症状を一部始終目撃した私には、この北の弱気一点張り外交はなぜかその最後の赤信号に思えてならない。この調子だと日本は、二九日から再開される日朝国交正常化交渉では、強気外交を展開する事が出来る。なぜなら日本はまた一つ、有利な外交カードを手にすることができたからだ。最初のカードは、いうまでもない、九月十七日平壌日朝首脳会談における「拉致謝罪」カードだった。この日、金正日はそれまで頑なに否認してきた「拉致」という国ぐるみの犯罪を認め謝罪したからである。この予期せぬハップニングによって、日本の北朝鮮との交渉はそれまでの屈辱的受身外交から、一挙に強気へと切り替えが可能になった。
 
(米国が外交の晴舞台を提供)
 その結果長年懸案だった拉致事件が白日のもとに晒され、ついに拉致被害生存者一部の一時帰国さえ実現した。その上今後は「核」カードである。日本にとってはまさに「鬼に金棒」である。 今後日本はこの二つのカードをちらつかせながら、この北の国がのどから手が出るほどほしがっている経済支援という餌を、目の前にぶらさげ、交渉に臨むことができる。交渉は長引かせじらせばじらすほど相手を窮地に追いやることになろう。日本はその外交力において、いよいよ本領を試される時期に入ったからだ。これひとえにアメリカのお陰である。なぜなら今回アメリカは終始日本の背後にあって、ともすると臆病外交に走りがちな日本を激励叱咤し、援護射撃を送っていたからだ。いいかえればアメリカは、日本にまたとない外交の晴舞台を与えてくれていたことになる。日本にとってこれほどラッキーなことはない。
 
(韓国には荷が重すぎる役割)
 しかしそれにしても、なぜアメリカは今回この一連の北朝鮮交渉で、日本を前面に押し出し外交への道筋をつけようとしているのだろうか。 理由は二つあると当地ドイツでは観察している。一つは、何よりもアメリカはその二十一世紀世界戦略において、イラクと水面下で密かにリンケージしている北朝鮮たたきに日本を加えようとしていることだ。特に極東戦略における安全保障面ではゆくゆくその主導的任務を日本に委ねようとしていることだ。二つは本来なら南北分断の当事国韓国こそが、この任務を遂行すべきなのだが、アメリカは、韓国では荷がかちすぎ、実力不足と踏んでいる。ドイツの統一達成では旧西ドイツは、味方である筈のイギリスやフランスからも「強いドイツ」再現懸念もあって妨害に遭った。にもかかわらず孤軍奮闘し初心を貫いて見せた。ところが今の韓国はその気迫に欠けている。宿願の南北統一にしても、北のペースに巻きこまれねじ伏せられる危なっかしさがある。金大中大統領の「太陽政策」がまさにそうだ。そのせいで自国に四百人以上もの拉致被害者を抱えなから今も未解決のままである。
 それに比べて日本はどうか。確かに過去において北にへつらった外交を行った。 だが今回、どうやら世界は拉致問題における毅然とした日本の姿勢に接し見方を変えたはじめた。「拉致被害者家族の会」の真摯な国民活動に触発され、ともすれば腰が引け揺れる政府や外務省を突き上げたのがもとで、最終的には国際社会を味方につけたからだ。そうだ怯むことはない。いっそのこと日本はこの機会に、北朝鮮崩壊の引き金を引いて見てはどうだろう。それでこそ二十一世紀、日本は極東におけるリーダーとしての地位を築くことができるのではあるまいか。

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